山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

ひとり分の人生

脳みそが焦げているので10時台起床。トースト二枚食べて、すぐに机と合体する。ゲロりそうだったパートをひとつ終えられてちょっと安堵。ジュウオウジャーを見忘れたことに夕方気づいてショックを受けた。

17時くらいにまた川原の散歩。コンビニで雑誌を読んだりも。最近、外に出るたびに猛烈に金を使ってしまうので(食費と交通費がえらいことになっている)、財布は置いて出た。原稿が佳境になると無駄遣いが増える。でも布団のシーツと春のコートは無駄じゃないから買う。

夜も引き続き原稿をし続ける。途中、女友達から恋愛相談の電話。向こうの言うことに対し、ああしろこうしろと好き勝手なことを言いまくって友達に悲鳴を上げさせる。

友「なんでこいちゃんそんなに強いの!?」
小池「他人の恋路にならなんだって言えるに決まってる」
友「それもそうだね!」

今日の活動は22時半くらいまで。10時間以上書いているともう構文がめちゃくちゃになってくるのでやっぱりよくない。

本を作るというのは不思議な作業だ。こんなことばっかりしてたら長生きはできないなと毎度思うけど、魂は丈夫になっていく。本を読んだり書いたりするというのは、人生をなんども余分に味わうことにも等しい。まあ、映画も芝居も音楽だってそうだけど。人の話を真剣に聞くこともそうか。結局のところ、「人ひとり分の人生」というのはあってないようなもんなのだ。

だからこそ、行動の多い人生を送りたい。「自分が間違っていないことを確認する時間」はなるべく少なくあるべきだ。そんなもの自分でいくら考えてたってわからないんだから。