山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

一本目

S1 武道場
  大勢の剣道部員が打ちあっている。一際激しく戦っている大崎と池田。
  つばぜり合い。池田が大崎を突き飛ばす。転がる大崎。
大崎、床を小手で殴り、勢いよく起き上がると、池田に突進。二人、再び強くぶつかり、面金越しににらみ合う。
斉藤「やめー! 蹲踞!」
部員「ありがとうございました!」
  下手・上手に分かれて正座し、面を外していく部員達。
  上手の大崎、面を取ると、竹刀のささくれをチェック。
下手の池田、片手で面をむしり、小手の上におくと、それを乱暴にまたいで水道の方に歩いていく。男女一年生達がはしゃいで後を追う。
水道場でじゃれている彼ら。それを見つめている大崎。

S2 北高校、下駄箱前(翌日)
  竹刀を担いだ大崎が下駄箱から出てきて、武道場の方へと向かう。その表情は少し暗い。

S3 剣道部の部室
  棚にいくつかの大会賞状。そのうちの何枚かは大崎の名のもの。
  広げたノート(部日誌)が、中央机(ちゃぶ台)の上に置かれている。
部日誌の文面『一月十一日・担当:大崎……最近の稽古はひどい。竹刀や防具をまたがない、武道場を出る時は礼をするなど、基本的な礼儀がなっていない。最近では敬語すら使っていない時がある。礼のない剣道には強さも無い、ということを、一年生にはもっと自覚してほしい。先輩と楽しく遊ぶことができればそれでいいのか?』
宮本「今日私が一番最初に武道場来て、その時これ読んだの。それで斉藤君に話したのよ。これを皆が見るのはまずいんじゃないかって」
大崎「何がどうまずいんですか」
  一瞬、沈黙する三年達。視線を交わす。
斉藤「あー、あれだろ、大崎が言いたいのは結局、池田のことなんだろ?」
大崎「俺は、特定の人間を非難したいわけじゃないですよ。だから部日誌に書いたんじゃないですか」
斉藤「お前がそのつもりでも、周りにはそう見える」
宮本「正直に言って、大崎君」
大崎「……俺は、あいつの剣道は嫌いです」
斉藤「俺達は、あと半年で引退する。その後を引き継ぐのは、副部長のお前なんだ。この時期に、二年や一年との間であまりもめてほしくはないんだよ」
大崎「じゃあ、いつの時期ならもめてもいいとか、あるんですか?」
三年A「おい大崎、お前、ちょっと強いからって調子こいてないか?」
宮本「ちょっとやめて、そういう言い方」
斉藤「……大俺達ももうちょっと注意するようにするよ。元はと言えば、部長の俺が見てなきゃいけなかった部分だ。悪かった。だからとりあえず、この部日誌はあずかる」
宮本「私が水の中に落としたことにして、新しいノート買ってくるから」
大崎「……お騒がせしました」
  大崎立ち上がる。部室の扉に手をかけたところで、
三年A「あーあ……」
宮本「(Aを叩いて)もーあんたってやつは!」
  大崎、何も言わずに部室を後にする。

S4 武道場の外
  部室から武道場へと向かう大崎。
開け放たれた武道場の窓から、中の賑やかな笑い声・話し声が聞こえてくる。話している内容は聞こえない。大崎、息を吐く。

S5 武道場
  輪になって、柔軟体操をしながら喋っている池田と他二年・一年。
  皆小さめの声で話している。
森本「池田の悪口?」
一年女A「ほんとほんと、宮本先輩が言ってたんです。部日誌に、かなりきっついこと書いてたって」
一年男A「マジでえ。大崎先輩、武士系っつーか、正々堂々系だと思ってたのに。俺ちょっとショックかも」
池田「あいつも案外陰険だったってことだな、ハッ」
一年女B「あ、ねえ言っちゃダメだよォ、宮本先輩、どっちも悪者にしちゃいけないから、女子部でうまくフォローしていこうねって言ってたんだから」
一年男A「なんで池ちゃん先輩が悪者になるわけ?」
一年女A「わかんない、だって日誌は見せてくれなかったもん」
一年男B「うぜー。陰口とかサイテーっすよね池ちゃん先輩」
池田「ま、その程度のことしかできねえ小物ってことだろ」
森本「ほんとだよ。剣道が強いだけじゃん」
池田「強いっつっても所詮県大会どまりだしな、ははは!」
森本「そうそう!」
  武道場の扉の開く音。一瞬全員が口をつぐむ。
一礼して、武道場に入る大崎。皆何事もなかったふり。
池田「うーす」
一年達「こんちわーっす」
大崎「……おす」
  大崎竹刀を取り出し、素振りを開始しようとする。
池田「おい、準備運動しねーのか?」
大崎「お前らが来るまえにやったよ」
  二年・一年、ちょっと気まずい表情。
森本「本当かよ、サボりたいだけじゃねーだろうな」
大崎「お前と一緒にすんなよ。おい、一年生も最近柔軟おろそかにしすぎだぞ。体が柔らかくないとイザという時のバネが出ない、ちゃんとやれ」
  大崎は、防具人形(技の練習に使う、防具を被せた人形)に向かって竹刀を振りはじめる。気まずそうに運動を再開する一年達。 
池田「……楽しくやれればいいんだよ」
  大崎、少し驚いて池田を見るが、池田はもう背を向けて運動をしている。
* *
  稽古中。
斉藤「一本稽古! はじめ!」
  部員達の気合声が響き渡る。鬼気迫る勢いの大崎。
  当たるたびに開始すぐに一本を取っていく。びびる一年達。
  やがて池田とあたる。
斉藤「はじめェ!」
  激しい打ち合い。なかなか勝負がつかず、最後まで残る。
  大崎が面を、池田が小手を同時に繰り出す。
斉藤、少し周囲を気にしてから。
斉藤「……小手あり」
  目をむく大崎。池田がふんと鼻を鳴らす。ニヤつく一年達。
池田「カッコつけててもこんなもんなんだろ、お前は」
  大崎、思わずカッとなり、池田に飛び掛る。
防具のままもつれ合う二人。三年生が慌てて引き剥がす。
  驚いたような池田。一、二年もざわざわ。

  稽古後。夜。まだ剣道着の大崎。床に座って、竹刀を削っている。
  斉藤が戸締りをしにやって来る。
斉藤「大崎、まだ帰らないのか」
大崎「竹刀の手入れしたいんです。カギは俺がかけます」
  外から、他の部員達の笑いさざめく声が聞こえる。
斉藤「……わかった」
大崎「先輩。さっきの判定って、本気でしたか?」
斉藤「……本気だったよ」
大崎「そうですか」
  斉藤、去る。
大崎、竹刀を削り始めるが、集中できない。ささくれがひどくなる。
竹刀を放り出し、立ち上がってうろうろする大崎。
武道場の電気が一つしかついていないので、薄暗い。
防具人形が、大崎の正面に立っている。
  その時、外から声。
池田「マジ、めんどくせぇっすよ」
  
S6 武道場前・自転車置き場
  自転車を出しながら喋っている池田、傍に立つ宮本。
池田「ていうか玲子先輩、部日誌のこと、一年も二年も皆知ってるけど、いいの? 女子がぺらぺら喋ってたけど」
宮本「ハァ!? 最悪! 何それ、分かった、水島でしょ」
池田「つかそんな女子に手回しするくらいなら俺に内容教えてよ。楽しいだけじゃダメってのと、後は?」
宮本「見せないって言ったんだもの、ダメ」
池田「あいつもほんとチンケな奴っすよ。面と向かって言いもしねえで、自分が一年に好かれないからって俺に八つ当たりしてんだから」
宮本「彼はプライドが高いんだから、うまく立てながらやってあげなきゃ」
池田「ちょっとちょっと、先輩どっちの味方なの」
宮本「私は中立です! 三年と大崎君とあんたの間に挟まれてすっごい心苦しい立場なんだからね。あんたはちょっとはおとなしくしてよ」
池田「だから俺と付き合いましょうよってば」
宮本「またそれ? どうしてそうなるの」
池田「そしたら完璧俺の味方になればすむもん。挟まれるとか考えなくてすむよ、玲子ちゃん」
宮本「あーあ、ほんとあんたってバカ」
  口とは裏腹に嬉しそうな宮本。喋りながら去っていく二人。

S7 武道場  
  大崎、屈辱で立ちすくんでいる。
  床に転がしていた竹刀を手に取り、暗がりの中で防具人形を打ち据える。
何度か人形が倒れるが、その度に引っ張り起してまた打つ。
中途半端な削り方をしたせいで、竹刀が裂ける。
  やがて警備員が来て、懐中電灯の明かりで武道場が照らされる。
警備員「コラッ! 何時だと思ってるんだ! もう部活動時間は終わってるんだぞ。早く出なさい、正門も閉じるから!」
  大崎、頭を下げて、剣道着のまま荷物を抱えて出て行く。
S8 通学路
  風がびゅうびゅう吹き荒れている。走って帰宅している大崎。
  悔し涙が目にうっすらと浮かぶ。
  何人か人とすれ違う。剣道着で全力疾走している大崎を見て皆驚く。

S9 武道場(翌日)
  稽古をしている部員達。
  大崎の姿はない。そのせいかどことなく活気のない稽古。

S10 寺尾道場、師範室
  竹刀を並べて吟味している寺尾師範。正座している大崎。
寺尾「亮平は、三八の円心でよかったかな」
大崎「はい」
寺尾「久しぶりに見たと思ったら随分元気がないな」
大崎「先生、稽古お願いします!」

S11 寺尾道場・剣道場
  勢いよく床に突き転がされる大崎。
寺尾「寝てるんじゃない! 構えろ!」
大崎「はい!」
寺尾「肩で突っ込むな。固い木はすぐ折れる。竹刀が長持ちするのは、竹がしなやかだからだ。もう一度!」
大崎「はい!」
寺尾「相手の目を見ろ!」
  気合声を上げる大崎。

S12 寺尾道場・中庭
  汗だくでベンチに腰掛けている大崎。
寺尾「どうしたそんなにバテて、さては部活でよほど怠けてるな」
大崎「そんなつもりなかったんですけど……そうだったのかもしれません」
寺尾「勝てない相手でもいるのか」
大崎「……試合では8割勝てます。でもうまくやれない。あっちの方がデカいし、荒っぽいんです。つばぜりでもすぐ吹っ飛ばされる」
寺尾「ははぁ、怖いんだな」
大崎「怖くは」
寺尾「つばぜりでふっとばされるのは、胸で息をして、体が固くなっている時だ。そしてそれは恐怖ですくんでいる時と同じなんだ」
大崎「……どうすればいいんですか」
寺尾「礼や型は、体から精神を作り変えてくれる。いいか、心から礼をしろ。そして腹で息をして、相手の目をちゃんと見なさい」
大崎「相手が、礼儀を無視する奴だったら」
寺尾「まずは自分が礼を尽くすこと。礼とは相手をこちらに正しく踏み込ませる儀式だ。お前が正しい剣を振るえるなら、無礼者はその場に取り込まれる。そのとき初めて、一本目が取れる。
大崎「……」
寺尾「それが出来ないなら、まだまだ自分も未熟だと自覚するんだな」
大崎「……難しいですね」
寺尾「俺にもまだまだできないからな! わはは」
大崎「先生は……楽しいですか?」
寺尾「ん?」
大崎「いや、いいんです。あとでもっかい、稽古お願いします」

S13 武道場前(翌日)
  池田に部日誌をつきつけている大崎。
大崎「宮本先輩に言って返してもらった」
  中身を読む池田。
池田「……大したこと書いてないんだな。てか俺のことじゃねえじゃん」
大崎「どんなの想像してたんだよ」
池田「俺への……罵詈雑言?」
大崎「そんなん、部日誌には書けねえよ」
池田「まあそりゃそうだ」
大崎「それ、置いといていいから。俺元々見られて困るとか思ってねえし」
池田「……ああ」
大崎「池田」
池田「おう」
大崎「俺も、楽しくやりたいんだよ。お前とやり方が違うだけだ」
池田「いまさらお前の流儀を押し通そうったって、無理だぜ」
  大崎、池田を見据える。
大崎「俺の流儀はこれから作る」
  池田、怪訝な顔。
大崎「竹刀も新しくしたしな」

S14 武道場
  稽古をする部員達。
斉藤「地稽古!」
  大崎、一年の相手を熱心にやる。引き立て稽古。
大崎「もっと打ってこい!」
  それを見た一年、おそるおそるだが大崎の列に並ぶ。
  池田もそこへ。
  大崎少し驚くが、迎え撃つ。
  気迫のこもった打ち合い。今度は無様に吹っ飛ばされることもなく。
  つば競り合いで、二人はぶつかり合う。
大崎、そこから見事に抜き胴を放つ。
思わず見とれていた周囲。
二人、にらみ合いながら間合いを取る。
どちらともなく礼をする。

S15 武道場
稽古後。
  一年生をはべらせて帰っている池田を見つめる大崎。
  自分も帰ろうとする。その時武道場から、防具を打つ音。

S16 武道場
  武道場をのぞく大崎。
一年生が一人、防具人形に向かって胴を打っている。
微笑む大崎。そのまま武道場をあとにする。