山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

惨めな夢

「剣は凶器 剣術は殺人術 どんな綺麗事やお題目を口にしてもそれが真実」

80年代生まれの我々にそう教えてくれたのは『るろうに剣心』だが、ちょろりと剣術や体術をやっただけの私もやっぱりそう思う。武術は人を殺す技術であり、日々の稽古とは、殺し殺される練習の積み重ねなのだと。

今の日本で、武術を「趣味」「習い事」以外の名目でやる人はそうそういない。もちろん、だからといって軽いというわけではなく、ある人にとっては命をかけたプロジェクトだし、ある人にとってはストレス解消だし、ある人にとっては婚活だったりするというだけ。スポーツと同じだ。

心を落ち着けるとか、礼節を養うとか。自然と調和するとか、自分を見つめるとか。「習い事としての武術」にはいろんなお題目がある。それはまったくもって嘘ではない。そういう効用が武術にはある。ただ、これらは球技とか、茶道花道のようなその他芸事でも進入可能な領域だと思う。

「武術でなければ到達しづらい」ポイントは、やっぱりそこに「命のとりあい」という要素があるから発生するのだ。命のとりあい。流れる血、折れる骨、潰れる内臓の告知。どんなに健全化された武道のなかにも、暴力と殺人の夢がある。そして、それは他の芸事のなかにはないのだ。比喩としては存在しても。武術のなかの暴力は比喩ではない。常に予感であり、期待であり、恐れである。

私はそれを必要としていた。

殺し方殺され方に納得がいけば、自分の人生にも納得がいくのではないか。

私が武術を追い掛け回していたのは、そんな風に考えていたからだ。そして武術をやる中で、きっと同じように思っているのだろうなという人に何人も会った。全員どこか寂しそうだった。私もそう見えたのかもしれない。

ところで、私は「武道」と「武術」を分けて考えている。本来、字義的に明確な区別とはあまりないはずだが、私個人の中では別物である。武道の方が太く、日があたっていて、寡黙だがあたたかい。武術の方が死に近く、鋭く、どこかうら寂しい。

「武道」を始めたのは12歳のときだ。中学に入ると同時に、家から歩いて20分ほどの距離にある剣道の道場に通い始めた。道場の隣が葬儀場で、「稽古で死んだらすぐにそこで葬式をしてやる」が道場主の口癖だった。

稽古は楽しかった。それなりに素養があったらしく、上達自体は早かった。うっかり買った成年用の竹刀をそのまま稽古用に使い倒し、みるみるうちにかなりの剛力となった。中学高校と、体力測定ではいつも筋力系の項目に10がついた。

道場主は空手と合気道とキックボクシングの師範免許も持っていたので、子供組には剣道だけでなく体術も教えてくれていた。護身術の基礎みたいなものはそこで習った。それも楽しかった。とりわけ乱取り稽古が。でも師範はいつも言った。「喧嘩になったらまず逃げなきゃダメだ」と。国士舘あがりの彼は、自分の学生時代の武勇伝(駅で10人相手に乱闘したことがあるとか、友達と3人で敵対グループのいる寮に夜襲をかけたことがあるとか)をしょっちゅう語っていたというのに。私は羨ましかった。そういうことができる男という生き物が。

中一の終わりごろから、武道の雑誌を買いはじめる。『日本剣道』、『剣道時代』、そしてなぜか『月刊秘伝』まで買っていた。剣道や空手や合気道以外の「武術」の世界をそこで知った。そしてだんだん、そっちの方に興味がひかれていった。そこには「人を殺せそうな」技術の話がたくさん載っていたからだ。

12歳から18歳ごろまでの私の中にあった、あの猛烈なエネルギーの渦をなんといえばいいのだろう。毎日飽きずに筋トレをして、男子にちょっかいをかけられるとすぐさま平手か拳を出して、カバンの中には毎日二本のナイフを入れていた。実際の暴力沙汰を起こしたことはないけれど、どこかでいつもそれを待ち望んでいた。

社会人になってから「武術」を始めた。いくつもの道場を回って、とある高齢の武術家がやる道場に通い始めた。閉鎖的で、男性社会で、なんだかとても寂しいコミュニティだった。一番寂しいのは、高齢の武術家が、本当に普通じゃなく強く、門下生の誰もその世界にかすりもしていない、ということだった。実践的に、喧嘩屋的に強いということは、恐ろしく孤独なことなのだ。

私はその世界の人にわりと好かれる。好かれる理由が自分でもわかる。私はお題目の方に興味がない。だからといって殺人術をこの手で再現する度胸はもちろん持たない。ただ悶々と暴力の夢を見ている。誤解を恐れずに言えば、殺し殺されることの夢を見ている人間である。武術の腕前はまったくないが、そういう夢想が、ある種の”同類”を引き寄せるのだ。

「あなたとは強い運命を感じる」と、ある比較的若い武術家に言われた。彼もまた、閉鎖的なコミュニティのなかでまつり上げられている人物だった。

あなたが何を求めているかわかる、と言ったら言い過ぎになる。それは正確じゃない。でもきっと私たちは同じ夢を見ているのだ。道ではなくて術のなかでしかみられない、ちょっと惨めな夢を。