山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

骨壷

S1 みちるの家(夜)
  ワンルームマンション。
床の上に、三つの箱が置いてある。
  みちる、ソファにひっくり返って電話をしている。
みちる「え? 大丈夫別に怖くなんかないよ。死体じゃあるまいし。ただの骨だもの。ん? えーと、パパと、パパのお姉さんと、その旦那の骨。いやいやいや殺人とかねーから。皆病気だよ。病気で死んだの」
  みちる、箱の一つを手に取る。重さを確かめるように上下。
みちる「お墓? お墓ね、うちないんだよねー。駆け落ち夫婦だからさ、どっちの墓にも入れてもらえないんだって。え? ああうん、そうだよ家にずっと置いといたの。いやだから怖くないって別に。たかが骨じゃん」
  箱を床に戻す。
みちる「うん、新潟。母親が仕事で忙しくてどうしても行けないって言うから、私が代わりに行くことになってさ。親戚がお寺の管理してて、そこで預かってくれるって言ってくれたんだって」
  みちる、箱を眺めながら 
みちる「だーから別に大丈夫だって。一人で行けるって。うん、明日ゼミ休むから、そう言っといて。うん、ありがと、はーい愛してるう」
  みちる、携帯を閉じて床に放る。
  床には三つの箱。
  みちる、一つの箱を開ける。中に白い骨壷。
  開けてみようかちょっと迷うが、やめて、軽く壷を振ってみる。
カサカサした音。
  すぐに壷を箱の中に戻して、並べなおす。
***
  夜中。ベッドから出て、トイレに行くみちる。
  ベッドに戻る途中、骨壷を入れた箱の一つが倒れているのを見つける。
一瞬ぎょっとするが、蹴り飛ばしたのかもしれないと思って箱を直そうとする。その時の重みに驚くみちる。
反射的に箱のふたを開ける。骨壷に変わりはない。
開けようかどうしようか、壷のふたに手をかけて固まる。
意を決してふたをあける。
ふたの口まで、みっちりと肉がつまっている。
血はながれていない。ピンクのただの肉。
みちる「ひいっ!」
  壷を取り落とす。
***
  朝になっている。
がばっと飛び起きると、そこはベッド。汗びっしょり。
箱は三つちゃんと並んでいる。
  おそるおそる箱をつかみあげるが、軽い。
みちる「……夢……?」

S2 新幹線の中
  並んで座っている智之とみちる。
  智之、弁当を食べている。
智之「いきなりなんだもんなあ。仕事あるっつーに。俺が前一緒に行こうかって言った時はいいっつってたじゃん」
みちる「ごめん……」
智之「なんかあったの?」
みちる「……」
智之「お前なんか顔色悪いぞ。飯食えよ」
みちる「いらない」
智之「ほーら、みちるの好きなタコさんウインナー!」
みちる「いらないってば!」
智之「お、怒るなよ……」
しばらく黙って風景を見ている二人。
  智之、みちるの頭に手をのせる。
智之「まあ、親父さん達の骨だもんな。ちょっとナーバスになっちゃったんだろ。帰りにどっかでうまいもんでも食おうぜ。新潟って何がうまいんだろ? 俺米しかわかんねーんだけど」
  みちる、ちょっと笑う。
みちる「あんたって食べ物の話ばっかり」
智之「悪かったな」
みちる「こないだ叔父さんに電話した時は、『酒と笹ダンゴくらいしかありませんけど』って言ってた」
智之「酒かあ、酒いいな、飲んで帰ろうぜ、な」

S3 新潟駅のホーム
  新幹線から降りる二人。
  智之、みちるのかばんを手から取って持つ。

S4 新潟の田舎道
  地図を片手にうろうろしている二人。日差しが強い。
  みちるはショルダーバックのみ。
  田舎の風景。少し離れたところに海が見える。
智之「新潟って田んぼだらけかと思ってたけど、そうでもないな」
みちる「いくらなんでもどこもかしこも田んぼってことはないでしょ、特にここは海辺だし」
智之「あ、ちょっと待って」
みちる「どうしたの」
智之「なんか荷物が結構重くてさあ。お前何こんなに詰め込んできてんの。たかが一泊なのに」
みちる「え、着替えくらいしか……」
  みちる、ハッとして立ちすくむ。
  昨日のことを思い出して戦慄。
智之「みちる?」
みちる「な、なんでもない……」
智之「お前、本当に大丈夫? 何かあるなら言えよ? 無理すんなよ?」
みちる「う、うん、ありがと」

S5 佐々木家・仏間(夕方)
  それほど大きくない日本家屋の、仏間。
  三つの箱を前に、手を合わせている照治。
  みちると智之も、なんとなく一緒に手を合わせている。
  照治の妻が、傍の机にお茶をのせている。
照治「……浩平さん達とはあまりお会いしたことがなかったんだけどね。何しろ親戚づきあいの薄いうちだからねえ。でも、浩平さんも、お姉さんもどちらも闊達な人だったよ。お亡くなりになったのはいつ?」
みちる「父は十年前ですね。叔母は五年前でした。旦那さんも、後を追うように、すぐ脳梗塞で」
照治「うちは脳梗塞で亡くなっている奴が多いんだよ。働きすぎる家系でね……私はこうやってのんびりしているけどねえ」
みちる「この度は本当に、どうもありがとうございます」
照治「いやいや。ところで幸代さんからはアンタは学生だと聞いていたけど、もう結婚しているの」
みちる「いや、これは、ただの、付き合っている人です」
智之「どうも……」
照治「もう婚約してるのかね」
みちる「あはは、いやあまあ……」
智之「まだその辺は、その」
照治「いかんよ、早く結婚して幸代さんを安心させてあげないとねえ。この歳にもなると、孫の顔を見ることだけが楽しみなんだから」
  みちると智之、ちょっと顔を見合わせて苦笑い。
照治「まあ何にしても、お骨はこちらでちゃんと預かって供養するから。いつかお金を貯めて、あんたんとこのお墓が出来たら、その時取りにくればいいから」
みちる「すみません」
照治「難儀なもんだよねえ、骨もねえ。こんなちょっぴりなのにねえ」
  庭に、薄汚れた猫の姿。
照治妻「まーた入ってきた、しっ、しっ!」

S6 佐々木家・客用寝室
  布団の上でごろごろしている二人。
みちる「骨って宅急便で送っちゃダメだったのかな」
智之「送れるだろうけどなー、荷物の名前に『人骨三体分』とか書いたら間違いなく事情聴取だろうなー」
みちる「『お菓子』とか書いたらバレないんじゃないかなって思ったんだけど」
智之「わーバッチ当たりー」
みちる「……ただの骨だもん。あれはパパ達じゃない。ただのカルシウムじゃん。私、骨にそんなセンチメンタルもてない」
智之「俺の骨でも?」
みちる「あんたはどうなの、私の骨に愛着持てる? セカチューみたいなことする?」
智之「あー、あれはやだな。でもお前の骨なら俺、大事にする。骨なら腐らないもんな」
  みちるを後ろから抱きしめる智之。
みちる「バーカ。墓に入ってたら大事にするもクソもないだろーが」
  みちる、言いながら、隣の部屋に視線。

S7 佐々木家・仏間
  仏壇の横に、三つの箱が並べてある。

S8 佐々木家・客用寝室
  寝息を立てている智之。
  寝付けないみちる。ついつい隣の部屋が気になる。
  何かの気配を感じて仕方がない。
  やがて、何かぺちゃぺちゃという音が聞こえ始める。
  恐怖で息が荒くなってくるみちる。
  横の智之を起そうとするが、幸せそうな寝顔を見て躊躇ってしまう。
みちる「馬鹿馬鹿しい……!」 
 みちる、一人で布団から出る。

S9 佐々木家・仏間
  障子から青い光が差し込んでいる。
  仏壇の横に三つの箱。
  みちる、そうっと近づいていく。
  一つを持ち上げようとする。
が、以前より更に重みを感じ、思わず後ろにしりもちをついてしまう。
  泣きそうになってくるみちる。
  震える手で、箱のふたをあける。
  中には、骨壷のふたを押し上げて、肉が溢れかえっていた。
  完全に固まるみちる。
  声を上げたいが上げられない。
  その時、もう二つの箱のふたが、みちっという音と共に、少しだけ持ち上がる。
  ガタガタ震えるみちる。
  箱から、肉がはみ出してくる――
みちる「いやあ―――――――!」
  悲鳴をあげるみちる。
  智之が慌てて入ってくる。
智之「みちる! どうしたんだ!」
みちる「智之! 智之―!」
  みちる、智之にしがみついて泣きじゃくる。
  智之、床を見る。
  三つの骨壷が倒れて開いていて、砕けた骨が散らばっている。
智之「どうなってんだ……?」

S10 佐々木家、仏間(翌朝)
  箱を挟んで正座している照治・照治妻・みちる・智之。
照治「大事に預かっておくと言っておきながら、本当に申し訳ないことをした。すまない」
照治妻「ほんとにねえ、ごめんなさいねえ、多分野良猫がやったのよ」
みちる「いえ、佐々木さん達のせいでは」
照治「しかし……骨がもしかしたら混ざってしまったかもしれないな……」
みちる「別にそんなこと大丈夫です、混ざったって害のあるようなものではないですから……」
照治「そうだがねえ……」
みちる「父達の骨を、お願いします」
  みちる、正座して、頭を下げる。

S11 新幹線
  智之の肩に頭をのせているみゆき。
智之「もう大丈夫?」
みちる「うん」
智之「お前、ほんとは何を見たの。骨が落ちてるくらいで、あんなきゃーきゃー言ったりしないだろ、お前」
  みちる、智之の腕をつかむ。
みちる「……なんで、骨は怖くないのに、肉は怖いんだろうね」
智之「は?」
みちる「人間は骨と肉で出来てるのに」
智之「骨と肉?」
みちる「智之はどっちにもならないで」
智之「もう俺、骨も肉もあるんだけど」
みちる「うん」
  智之、わけがわからないといった様子。
  でもみちるの手を握る。  

S11 みちるの家(昼)
みちる(声のみ)「お母さん? あのね……私ね、子供できたの! そう。うん。智之がね、もう卒業だし、結婚しようって。うん、生むつもり。あはは、びっくりしないんだね。え? やだ、泣かないでよ。えへへ、お父さんなんて言うだろうねー。あ、だから近々智之とそっち行くから。え? ああ、今3ヶ月ちょっとだって。うん、行ってきた。レントゲン見たよ。もう骨が見えてるの」