山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

青い鳥

   夜の御殿。中央に黒い大理石の台座。
   中央に立つ青い鳥にスポットライト。

青い鳥「いつの頃からだろう。身を隠す必要がなくなってしまったのは。むなしいものだ。かつてはあんなに、世界中の人間が、こぞって僕のことを探していたのに。そう、小さな兄妹までが、僕を必死で探していた」
   青い鳥、辺りを見回す。
青い鳥「 彼らはもう、僕を求めない。誰からも探されない僕に居場所はない。僕は、隠れ家にしか住めないから」
   どこからか、甘い少女の歌声。
青い鳥「夜の宮殿ももはや、僕の安息の地ではなくなった。夜の住人は弱っていくばかり、可愛い妹のナイチンゲールは、どんどん声がしゃがれていく」
   少女の歌声、大きくなる。
青い鳥「何故誰も僕を探さない?」
   暗転。
   陽明。夜の商店街。人が行き交う中、路上で青い鳥が寝ている。
   そこへ、ギターを持った少年がやってくる。青い鳥を見て、怪訝な顔。
少年「おい、どけよ」
   青い鳥、薄目を開ける。
少年「そこ、俺の場所なんだよ」
青い鳥「なんで?」
少年「(少し戸惑い)俺は毎晩そこでライブしてるんだ。ここの商店組合にも許可取ってんだぞ。お前に文句言われる筋合いはない」
青い鳥「へえ。それは悪かったよ」
   青い鳥、場所をゆずる。
少年「……何見てんだよ、あっち行けよ」
青い鳥「ストリートミュージシャンが、見物客に向かってそんな口聞いていいのかい」
少年「……」
青い鳥「演奏しなよ」
   少年、しばらく無言でギターを鳴らす。
青い鳥「歌わないのか?」
少年「うるさいな! お前に聞いてもらいたくて歌うわけじゃないんだよ」
青い鳥「……そんなに嫌なら帰るよ」
少年「……」
青い鳥「ひとつだけ聞きたいんだけど」
少年「何だよ」
青い鳥「君は幸せになりたいかい?」
少年「……当たり前だろ」
青い鳥「……なるほど」
   青い鳥、はける。青転。
   陽明。夜の宮殿。
   黒く輝く星空のドレスをまとった夜の女王が下手から現れる。
   上手からやってくる〈ねこ〉。
ねこ「お久しぶりです、夜の女王様」
夜の女王「その声は〈ねこ〉だね。お前は百年経っても変わらないのだね」
ねこ「女王様は、随分とお痩せになりました」
夜の女王「相変わらず気取ったものいいをする。はっきりお言い、老いさらばえたと」
ねこ「(ひげをとかしながら)まあまあ、自然のすべての秘密の番人たる、夜の女王陛下がなんという弱気でしょう」
夜の女王「何、もう夜に秘密など残ってやしないよ。この有様を見ればわかるだろうに。元気なのは〈恐怖〉と〈戦争〉だけさ。それよりもお前、何をしにここへ来たのだい」
ねこ「いえ何ね、古い友達から、青い鳥への贈り物を預かったのですわ。是非にお渡しせねばと思いまして。彼は今どちらに?」
夜の女王「知らないよ。おそらく部屋だろう。最近、暇さえあればふらふら飛び回っているがね。表立ってあの子を探す人間がいなくなったからといって、まったく」
   女王上手にはけていく。下手から、新聞を読みながら青い鳥登場。
ねこ「ご機嫌麗しゅう、青い鳥さん」
青い鳥「(新聞から顔をあげずに)〈ねこ〉か。久しぶり。最後に会ってからどのくらい経ったかな?」
ねこ「さあ、私は時間を数えるのが苦手で。貴方は相変わらず優雅な生活ですのね」
青い鳥「暇なのさ。誰も僕を探してくれないから。毎日新聞を見ていればわかるよ。もう、幸せを追い求めるのは流行らないんだ。金の為に走り回ったり、子供を殺したり、不味いものを食べるのが流行りらしい。この分だと、君の懇意の〈不幸の国〉は随分繁盛しているんだろうね」
ねこ「不思議なもので、そうでもないのですわ。〈不幸の国〉は活気が無くて。かといって〈幸福の国〉がはぶりが良いかというとこちらもやせ細るばかり」
青い鳥「……なんでだろう。誰も幸福にならないし、不幸にもならない。こんな世の中じゃ、僕が必要とされないのも当然だ」
ねこ「今日はその、〈不幸の国〉からの贈り物を持ってきたんですよ」
青い鳥「幸福の青い鳥に〈不幸の国〉からの贈り物だなんて、随分気が利いている」
ねこ「おほほほ、貴方の冗談もですわ。……貴方にお渡ししたいのは、これですの」
青い鳥「これは?」
ねこ「〈美しい声〉です」
青い鳥「声」
ねこ「私の友人で〈歌えない不幸せ〉というのがおります。彼の姉は〈美しい声で歌う幸せ〉です。彼女はこの間、〈歌えない不幸せ〉に、〈声〉の贈り物をしました。彼を不幸から救いたいばかりにね」
青い鳥「それがどうしてここに?」
ねこ「(首をすくめて)役に立たなかったんですわ。〈歌えない不幸せ〉が歌えないのは、声のせいではなかったからです。彼が歌えないのは、歌いたいという気持ちがないせいですもの。〈美しい声で歌う幸せ〉は、随分見当違いなことをしたのです」
青い鳥「どうしてこれを僕に?」
ねこ「(ひげをとかしながら)貴方様の妹の……なんといいましたかしら?」
青い鳥「ナイチンゲール
ねこ「そうそう、あのかわいらしい子の声が出なくなったと聞いております」
青い鳥「”夜の神秘”が侵されたせいだ。ナイチンゲールは、夜より深い神秘の闇の中でしか歌えない」
ねこ「それで私は、〈歌えない不幸せ〉が私に放ってよこしたこれをもってやってきたというわけですわ」
青い鳥「……」
ねこ「使うかどうかは貴方次第です。私にとっても〈美しい声〉なんて必要ないものですから……猫の声が美しくある必要はありませんからね……では、ごきげんよう
   〈ねこ〉、はける。
青い鳥「……ナイチンゲール
   青い鳥の後ろの扉でガタガタ音がする。
青い鳥「聞いたとおりだ。君はこの〈声〉が欲しいかい?」
   沈黙。
青い鳥「だったら出て来いよ」
   扉の向こうで激しい物音。
青い鳥「(大笑いして)じゃあダメだ。お前はそこでじっと、僕の帰りを待っていればいいんだ。僕のことをね」
   暗転。

   商店街の路上。少年がギターを抱えて座っている。演奏直後。
少年「……また来たのかよ、お前」
青い鳥「歌を聴いたよ」
少年「……」
青い鳥「君は音感はそれほどひどくないけど、声が悪いね」
少年「うるせえな、わかってんだよ」
青い鳥「歌手になりたいのか?」
少年「そりゃあ」
青い鳥「でも人気は出ない。自主制作CDも売れない。ダミ声め、と罵られる」
少年「……」
青い鳥「君にプレゼントをあげたい」
少年「どんな」
青い鳥「〈美しい声〉だ。これを使えば君はたちどころに、千人にひとりの美声の持ち主だ。きっと人気が出る」
少年「なんだよ、お前酔っ払いなのかよ」
青い鳥「本気さ」
少年「バーカ、そんなもんいらねえよ」
青い鳥「……なんで?」
少年「だってそれって俺の声じゃねえだろ」
青い鳥「……」
少年「俺は、俺の声でのし上がらなきゃ、幸せにはなれないだろうからさ」
青い鳥「幸せに?」
少年「あーっうるさいな! 俺は練習してんだよォ、あっち行けよ」
青い鳥「……」
少年「まあでも、サンキュ。少なくとも俺の歌聴いてくれはしたんだもんな」
青い鳥「いや。頑張って」
   青い鳥、はけていく。少年、ギターを弾き続ける。それを冷やかして去っていく人、ちょっと足を止める人など通る。
   暗転。

   陽明。夜の宮殿。扉の前にいる青い鳥。
青い鳥「ナイチンゲール。〈声〉をやるよ。やっぱり僕が持っていても仕方が無い」
   反応無し。青い鳥扉を開ける。
青い鳥「……ナイチンゲール?」
   ナイチンゲールはいない。混乱する青い鳥。そこへ夜の女王がやってくる。
夜の女王「やれやれ、ついにナイチンゲールまでいなくなったのかい」
青い鳥「……」
夜の女王「何、不思議なことじゃない。最近じゃ色んな奴が消えていくからね」
青い鳥「……僕ももうじき」
夜の女王「あんたは消えないよ。消えることなどできやしない。人が幸せを、本当に求めなくなるまではね」
青い鳥「僕を探す人間はもういない」
夜の女王「本当にそう言いきれるのかい」
   青い鳥、黙って〈声〉を見つめる。
青い鳥「しばらく寝るよ」
夜の女王「いくらでもお休み。ここは夜の宮殿だよ。ここにいる者の半分は眠るためにいるのさ」
   青い鳥、台座に寝転がる。それをしばらく黙って見つめる夜の女王。
   少女の歌声がどこからか聞こえてくる。
夜の女王「かわいそうに。お前も老いたのだね。人間は、輝かんばかりに瑠璃色の鳥しか青い鳥と認めないものなのさ。人間の、大部分のやつはね」
   夜の女王、青い鳥に近づく。
夜の女王「キスをしてやろう。若く美しかった頃のお前に」
   夜の女王、青い鳥の額にキス。
   暗転。