山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

青い鳥症候群

○ タイトル
青い鳥症候群
――今の自分は本当の自分ではないと信じ、いつまでも夢を追い続ける人、例えば、理想の職を求めて定職につかず転職を繰り返す人のこと。――

 

○S1 有限会社Oiseau Blue 面接室
     机についている小島と森田、青い鳥。
     小島、履歴書を覗き込む。
小島「青島さんですね」
青い鳥「いいえ、青い鳥といいます」
小島「失礼しました、青鳥さんですか」
青い鳥「違います、『あおいとり』です。幸福の青い鳥くらい、貴女もご存知でしょう」
小島「はあ、つまり、芸名か、筆名か何かということでしょうか」
青い鳥「失礼なことを言わないでください、本名です」
小島「それは……」
     小島、困ったように森田を見る。おどおどした感じ。
森田「(小声で)馬鹿野郎うろたえるな、世の中にゃ『百千万億』って書いて『つもい』だの、『十一月二十九日』って書いて『つめづめ』だのって苗字もあるんだ。青い鳥くらいあってもおかしくない」
小島「(小声で)そ、そうでしょうか……」
青い鳥「何か問題でも?」
森田「いえいえ! 失礼いたしました。何分こいつは新人でその上ドンくさい奴なものでご迷惑おかけするでしょうけど、よろしくお願いいたします。」
小島「よろしくお願いします……」
青い鳥「それはかえって気が楽です。よろしくお願いします」
森田「それでは説明させていただきます。当社、有限会社オワゾー・ブルーは、様々なご事情でなかなか定職に就けないお客様に、それぞれのご希望なさる条件になるべく沿ったお仕事を斡旋しております。まあ自慢じゃないですがね、ハローワークなんかとは段違いに親切に、細やかにお世話いたしておりますよ。とはいえこの不景気ですから、ご期待に沿えないこともままありますけどね! ハッハッハッハ。あ、私は○○地区長の森田、こっちは新人の小島といいます」
青い鳥「本当に不景気ですね。こんなに不景気なら僕の仕事が増えてもいいはずなのに、どういうわけかさっぱりで」
森田「そうそう、お客様には、今までどのようなお仕事をされていたのか是非教えていただきたいですね。青い鳥さんは何をなされていたんで?」
青い鳥「いやあまあ、名前のとおりですから特に説明も必要ないでしょう。とにかく最近じゃ僕を探しに来る人が全然いなくてひまでひまでね。失業状態なんです。この会社が僕と同じ名前だということに、運命を感じてここにしたんですけど」
森田「……」
小島「……」
森田「いやあ~まあ職歴なんかうちでは特に関係ないですからね! 結構ですよ、とにかく青い鳥さんのご希望を聞かせてください。こいつが担当としてしっかりお世話いたしますんでねね! じゃ、小島、頑張れよ!」
小島「えっ、森田さん!」
     森田、去る。
青い鳥「頼もしいです。よろしくお願いします」
小島「……よろしくお願いします……」
     小島、お辞儀。

 

○ S2 喫茶店
小島「それで、青い鳥様のご希望は」
青い鳥「人と接する仕事がいいです」

 

○ S3 アイスクリーム屋
     『女子高生に大人気! TV・雑誌に出演多数!』と書かれたポスターが貼られたアイスクリーム屋。
青い鳥「ありがとうございましたー」
     女子高生の4人組がやってくる。
女子高生1「チョコひとつ!」
女子高生2「あたしストロベリーとミントのダブルでー!」
女子高生3「えーダブルとか超いいしー! じゃあたしキャラメルとメロンー! ミホはあ?」
女子高生4「……あたしは、バニラ、キッズサイズでいいです」
青い鳥「かしこまりました。合計で2440円になります」
女子高生1「ほら、ミホ払ってよ」
女子高生4「あ…でも」
女子高生2「あとで払うし。何、うちらが払わないとか思ってるわけえ、そういうのマジ腹立つんだけど」
女子高生4「でも、この間のも」
女子高生3「うぜーっつーの、今度払うっつってんだろ」
女子高生4「……あの、じゃあまとめて」
青い鳥「君、君がこの人たちの分なんか払うことないだろう。バニラはひとつ320円だよ」
女子高生1「うわ何、この店員マジあれなんだけど」
青い鳥「うん、君達の顔は何かに似ていると思ったら〈不幸の国〉に住んでいる奴らの顔に似ているんだ。おお、君は〈食べ過ぎる不幸〉にそっくりだ。あいつは手足がロールパンでできていいたが、君は髪の毛にチョココルネがついているね」
女子高生2「何こいつマジうざ! ありえないんですけど」
青い鳥「君、こんなにボキャブラリーの貧困な人間と付き合っていたら不幸がうつる。君は結構かわいい。おとなしくて暗くて〈牛乳〉のやつを思い出すけど、あいつみたいにぐしゅぐしゅしていたらだめだぞ。君はちゃんと幸せになれるんだから、早いところこの人達とは縁を切りなさい」
     女子高生達、大騒ぎを始める。呆然とするミホ。
     奥から社員が飛んできて頭を下げまくり、
社員「お前はクビだ!」

 

○ S4 喫茶店
青い鳥「どうも、ああいう場所は向いてないみたいで」
小島「そうですか、では」

 

○ S5 デパートのおもちゃ売り場
青い鳥「いらっしゃいませー」
     商品整理をしている青い鳥。
     そばで、若い母親とその子供が言い合いをしている。
母親「ちょっと! 帰るんだっつってんだろーが!」
子供「わーっ、わーっ、わあああーん」
母親「うっせえっつってんだよ! あーもう!」
子供「わーん、わーんわーん」
母親「黙れよ、店員が怒るだろ! マジうっぜえな!」
     母親、子供を蹴る。
     それを見た青い鳥、母親を蹴る。
母親「いったい! 何すんの!」
青い鳥「子供をそんなに粗末にしちゃだめです。母親が子供に向かって『殺す』だなんて、〈時〉の爺さんが聞いたらなんて思うだろう。この子を連れ帰してしまうかもしれない」
母親「は?」
     青い鳥、子供を抱き上げる。
青い鳥「ああこの子はあれだ、ぎすぎすしているお母さんとお父さんに少しでも優しい気持ちを持ってもらおうと思って、〈未来の国〉でずっと音楽の勉強をしていた子だ。あれはなんだったっけな? バイオリン? 良い演奏をしていた。しかし君、君の泣き声は美しくないぞ」
     子供、泣き止んで青い鳥の顔を見ている。
     そこへ飛んでくる社員。
社員「お客様を蹴るなんて、何を考えているんですか! クビですっ、クビ!」

 

○ S6 喫茶店
青い鳥「うーん、ああいうところも無理みたいです」
小島「……わ、わかりました」

 

○ S7 喫茶店
     テーブルの上に、始末書の山。
小島「何考えてるんですか!」
青い鳥「……すみません」
小島「青い鳥さん、働く気あるんですか? こんなことするなら、最初から接客業なんて希望しないでくださいよ!」
青い鳥「不幸な人を見ると、我慢できないんですよ」
小島「何を言ってるんですか? 不幸な人? ふざけるのも対外にしてください!」
     青い鳥、小島をじっと見る。
青い鳥「貴女も、身近な幸せを見つけられなくて苦しんでいるんですね」
小島「……意味がわかりません。青い鳥さん、なんで貴方は、人と接する仕事なんて希望したんですか」     
青い鳥「僕を探している人がいるかもしれないから」
小島「……会いたい方がいらっしゃる、ということですか?」
青い鳥「……違いますよ。僕はあくまで『探されていなければならない』んです。僕を探している人がいたら、その人からは逃げなければならない。そして、僕を探している人のことを、僕は探さなければならない。だから」
小島「……」
青い鳥「逃げる為に探しているんです。わかりますか?」
小島「申し訳ありませんけど、わかりません。私に、あなたの担当は無理みたいです。失礼します!」
     小島、席を立って外へ。

 

○ S8 Oiseau Blue事務所
森田「駄目だぞ小島、簡単に仕事を投げちゃあ」
小島「無理ですよ! まだお客様の担当につくようになって少ししかたってないのに、もうこんなにクレームの嵐だなんて、私今、退職したいくらい落ち込んでるんですから」
     小島、涙ぐむ。
森田「確かにちょっとクセのある人だな。でも悪い人じゃない」
小島「何言ってるんですか、どこがですか?」
森田「わからん。長年こういう仕事をしていると、どうもそういうカンが働くんだ」
小島「カンって……」
     森田、小島の頭をぽんぽんと叩く。
森田「そうだ、カンだ。俺のカンによると、あの男はそれほど悪い奴じゃない。そして、お前にはこういう仕事のセンスがある。人を本気で思いやる力がある」
小島「もう、なんですか、それ」
     小島、泣き笑い。
森田「お前にはまだまだやってほしい仕事がいろいろあるんだからな、こんなところでへこたれてたら駄目だぞ。これ乗り越えたらまた飯おごってやるから」
小島「……はい」
森田「それにしても、『不幸な人はほっとけない』か。それは俺、なんとなくわかるぞ」
小島「そうなんですか?」
森田「まあ、幸福と不幸の判断は俺にはできないが、少なくとも、そういうお節介な気持ちを持ってなきゃ、こんな仕事はやってられないからな」
小島「……」
森田「青い鳥さんには、俺が一件仕事を回しておいた。お前、様子見に行って来い。またクレーム出されるようなことされたらまずいからな。俺も少し後で顔を出すよ」

 

○S9 遊園地
     さびれた遊園地。にぎやかだが、どこか物悲しい曲が流れている。
     青い鳥を探している小島。
うさぎの着ぐるみが、遊園地スタッフと一緒に風船を売っている。それが青い鳥。
子供1「風船ちょうだい!」
子供2「僕もほしいな……」
スタッフ「はーい、300円になりまーす」
子供1「はい!」
     青い鳥、子供1に風船を渡す。
子供2「お金、ない……」
スタッフ「ごめんねー、じゃあママにもらってから来てね」
子供2「……」
     小島、近づく。
小島「買います」
スタッフ「あ、はい、300円です」
小島「ぼく、何色がいいの」
子供2「……青」
     青い鳥から風船を受け取り、子供に渡す小島。
子供2「あ、ありがとう! ママにあげるんだ!」
     小島に向かって、親指を立てる青い鳥。

 

○ S10 遊園地のベンチ
     座って、カキ氷を食べている二人。
小島「……今回は、特に問題は起こしてないようですね」
青い鳥「しゃべっちゃいけないって言われてますからね。それに、遊園地に来る人達はそれなりに平和です。絶望や孤独を抱えながら遊園地で遊ぶ人はそれほどいない」
小島「……」
青い鳥「子供に群がられていると、昔を思い出します。昔は、ちっちゃな子供までもが僕を探しによく現れたもんです」
小島「……それ、本気で言ってるんですか? 貴方の話を聞いていると、モーリス・メーテルリンクの書いた『青い鳥』の話みたいだけど」
青い鳥「そんなものは知らない。僕は僕としているだけです」
小島「……この間言っていた、私が身近な幸せに気づけていないっていうのはどういう意味なんです?」
青い鳥「そのままの意味です。だけどまあ、貴女は僕のことを探す必要はないですね。目の前にいるんだから」
小島「あなたが本当に青い鳥なら、あなたの腕をここでがっちりつかみさえすれば、幸せになれるのかしら」
青い鳥「そりゃ、無理です。僕は次の瞬間には逃げていますよ」
小島「そんなのずるいです」
     さっき風船を買った子供と、その両親が通る。
青い鳥「森田さんのことが好きなんでしょう」
     小島、驚く。
青い鳥「森田さんも貴女のことが好きです」
小島「まさか」
青い鳥「本当ですよ。僕にはわかる」
小島「……あの人に愛されたら私は幸せになれます。でも私があの人を幸せにさせてあげられる自信はない」
青い鳥「幸福については僕が専門ですよ。幸せな貴女を見てあの人も幸せになる。それが幸福というものです」     
小島「……変な人」
     先程の親子連れ。
     後ろの方で、目つきのおかしい男がうろうろしている。
     子供がうっかり風船を手から放す。風で後ろに流されそうになった風船をつかもうと後ろに追いかける子供。
     刃物を持った男が、それを見て、その子供に向かって走り出し、その刃物を振り上げる。
     小島、すくんで動けない。
     ベンチから走り、「そこに割って入る青い鳥。
     肩から二の腕にかけてを切り裂かれるが、かまわず男に殴りかかる。周囲の人間が悲鳴を上げる。
     飛んできた警備員に取り押さえられる男。
小島「誰か、救急車を!」
父親「警察もだ!」
母親「タカシ!」
     タカシと呼ばれた子供、泣き出す。
     腕を押さえてうずくまっている青い鳥。
     周りに人垣。青い鳥に駆け寄り、肩をつかむ小島。
小島「青い鳥さん! 大丈夫!?」
青い鳥「……大丈夫、僕はこんなことでは死にません」
小島「私のせいです、私が、風船が」
青い鳥「違いますよ、幸福に因果関係はありますが、不幸にはありません。あるように人は言うけど、本当はないんです。僕は幸福のエキスパートだから本当です。だから安心してください」
     そこへ森田が走ってくる。
森田「小島―! 大丈夫か!」
     小島、森田に駆け寄る。青い鳥が人垣に囲まれる。
小島「森田さん! 青い鳥さんが!」
森田「何かあったのか!」
     二人、人垣を掻き分け中に入る。だが、青い鳥はいない。囲まれていたのは親子連れだけだった。呆然とする小島。
小島「あの! 今ここにいた、刺された人はどこに!?」
客1「刺された人? いるんですか?」
客2「殺人未遂だって」
客3「よかったなあ、誰もけが人が出なくて」
     ざわめいている人垣。
     立ちすくむ二人。
     パトカーのサイレン音が近づいてくる。救急車の音はない。

 

○ S11 Oiseau Blue事務所
     夕方の事務所。窓から光が差し込んでいる。
森田「なんだったんだろうな、あの人は」
小島「青い鳥だったんですよ。そう思うことにします。だって本当に、私がつかまえた直後に消えてしまったんだもの」
森田「彼は確実に切られていたんだろう? どこに行ったのかな」
小島「……」
     小島、窓から町を見下ろす。
小島「〈夜の御殿〉に帰ったんです、きっと」
森田「そうか」
     森田、上着を羽織る。
森田「小島、飯、おごってやるぞ」
     小島、微笑んで
小島「ありがとうございます。ごちそうになります」
     二人、部屋を出ていく。

 

○ S12 町
     夕方の町。
     女子高生4が、友達と仲良く喋りながら通っている。
     母親が、バイオリンケースを抱えた子供を連れて歩いていく。
     小島と森田、町の奥へ歩いていく。

 

○ S13 事務所
     青い鳥の履歴書のアップ。