山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

創作:光の記憶

大学生のときに書いた、5〜10分で終わるイメージの映像シナリオ。

おそらく2009年か2010年。

__________

 

S1 建物の屋上
  青空の下、白い服を着た男女が、背中合わせで立っている。
男モノローグ「僕達は白い鳥」
女モノローグ「私達は白い蛇」
男モノローグ「一つにならない二つの心」
女モノローグ「一つの溝を抱きしめる二人」
  男目を閉じる。女、男を振りあおぐ

S2 映画館の客席
  客の数はまばら。
  絵里子、ポップコーンを口いっぱいに咀嚼しながら、隣に座る光夫の顔を見上げる。
  うっとりと画面に見入っている光夫。
  画面にはS1の続き。

S3 映画館の外(夕方)
  商店街の外れにある、古い小映画館。
  新作「光の記憶」のポスター。
  キャッチコピー。「どんなにこぼれても、残るもの。アート映画界の新風。どこでもない場所で紡がれる、救済の記憶」
  光夫と絵里子が出てくる。絵里子は不機嫌。光夫はギターを背負っている。
  映画館の向かいで、白い服の少女が一人、それを見ている。

S4 ファミレス
  ハンバーグをがつがつ食べている絵里子。
  コーヒーを啜りながら映画のパンフレットを読んでいる光夫。
絵里子「ああいうの、あたしにはよくわかんない。結局あの二人なんなの? あれってハッピーエンドなの?」
光夫「駄目だなあ絵里子は。あれはね、ハッピーエンドとかバッドエンドとかそういうんじゃないの。あの男と女は、男が現代人の孤独、女がそれを超越した真実の世界ってものを表してるわけ。俺なんか超打たれちゃったけどなあ~。冒頭で女に手を引いてもらっていた男が、最後には女に手を伸ばしてたでしょ。それはつまり」
  絵里子、食べる手を止めて
絵里子「光夫、孤独なの?」
光男「え? いや、まあそりゃあさあ、あるじゃん、そういうの。本質的な孤独とか疲れみたいなさあ」
絵里子「本質?」
光夫「……本質」
絵里子「この後どうする? ホテル行く?」
光夫「は?」
絵里子「ホ・テ・ル。行くの? その為に呼び出したんじゃないの?」
光夫「声がでかい。お前、あんな純愛映画見たあとにそれはねえだろ」
絵里子「あたし現代人だけど、そんなに疲れてないから。毎日楽しいし食欲も性欲もありまくりだから。かったるいごっこしたいなら一人でやってれば」
  絵里子、ハンバーグの最後の切れ端を豪快に口に押し込む。

S5 (同日夜)商店街
  シャッターの閉まった店の前でギターを弾いて歌っている光男。
  光夫モノローグ「どうして俺には、映画みたいなことが起きないんだろう」
  段ボールの看板に「CD千枚売りきりプロジェクト進行中!」。
  看板の前の箱にはCDがどっさり。
  光夫の音楽を気に留めるものはいない。
  通りがかりのカップルが光夫を見て笑う。
通行人女「また新しい人来た」
通行人男「どうせすぐ消えるよ」
光夫モノローグ「あいつらにわからないような世界のことを、俺はわかってるのに」
  弾き終わり、意気揚々と周りを見るが誰もいない。辺りを箒で掃いている老婆が、光夫を箒で追い立てる。
老婆「あんた、終わったなら早くどいとくれ」

  ***

  人気の絶えた商店街の小道。
  光夫、映画のパンフレットを見ながら歩いている。パンフレットの表にキャッチ「あなたの心の美しさは、きっと私にしか見えない」。
  少し開けた場所に出る。
  ショーウィンドウに姿を映しながら、ダンスの練習をしている少女の姿。飛んだり跳ねたり、回ったりと自由自在に動く少女に釘付けになる光夫。
光夫モノローグ「それはまるで映画みたいな」
  少女、光夫に気づいて振り向く。
  光夫、慌てて
光夫「ダンス、上手だね」
少女「ありがとう」
光夫「習ってるの?」
少女「思い出しながら、踊ってるの」
光夫「思い出す?」
少女「いつか踊っていた時の記憶を」
  少女、微笑む。
少女「あなたみたいな人を待ってたのかも」
  光夫、理解していないが、夢中で頷く。
光夫「いつもここで踊ってるの?」
  少女、それには答えないで去る。
光夫モノローグ「やっと選ばれたんだ」

S6 レコーディング室
  ノリノリでギターをかき鳴らして歌っている光夫。バンドメンバー達は唖然。

S7 ラーメン屋
昭二「路上ライブどうよ」
光夫「ん……まあまあだよ、うん」
祐一「てか、あの商店街で路上ライブするとスランプになるってジンクスあるらしいけど、お前大丈夫なの」
光夫「スランプとか恐がってたら音楽できねえだろ」
昭二「なんか今日機嫌いいな」
祐一「何かいいことでもあったの?」
光夫「別に」
昭二「どうせ昨日絵里子ちゃんとお楽しみだったんだろ」
光夫「あいつは別に……」
祐一「何、冷めてんの? あの子いい子じゃん」
光夫「あいつさ、感性ないんだ。こないだも一緒に映画見たんだけど、難しい難しいって言うし」
昭二「仕方ねえよ。普通の奴にはわからないことってあるって」
光夫「俺普通だよ?」
祐一「普通とか言う奴ほど変わってんだって」
光夫「わかんねーなー、あはは」
善文「うん、みっちゃんは普通だと思う、俺」
  光夫、怪訝な顔で善文を見る。
  善文、ラーメンを啜り続ける。

S8 レコード会社の会議室。
  緊張した面持ちで座っているバンドメンバー達。机をはさんで、スーツの男が座っている。
男「曲にも声にも個性がない。ピロウズは一つでいいのよ。わかる?」
  気まずそうなメンバー達。
男「歌詞も陳腐だしねえー。誰が書いてるの?」
  光夫、小さく手を上げる。
男「もうちょっとね、世間を知った方がいいよ世間を。耳障りのいい言葉だけを並べてもダメなのよ。ね?」
光夫「……はい」
男「ドラムはなかなかいいから。もうちょっとその力強さを活かしたら?」
  光夫、善文の顔を盗み見る。
  善文はぼうっとした表情。

S9 街中
祐一「……そろそろ就活すっかなあ」
昭二「マジかよ」
祐一「まだ第二新卒間に合うし」
昭二「そうだよなあ……」
  祐一と昭二、振り返る。
  光夫がのろのろと歩いている。その後ろから善文が更にゆっくり歩いてくる。
  光夫と祐一達の目が合う。
  祐一と昭二、顔を見合わせて歩き出す。
  善文、光夫をじっと見ている。

S10 (同日夜)商店街
  やけばち気味にギターを弾いている光夫。  
  誰も足を止めない。
  演奏を終える光夫。
  携帯に着信。画面に「絵里子」。光夫はそれを無視する。
  無言でその辺りを掃きに来る老婆。

   ***

  前と同じ場所に少女を捜しに行く光夫。
  ウインドウの前にはおらず、辺りをうろつく。後ろから声をかけられる。
少女「誰を探してるの」
光夫「あ、いや……」
  女、ギターを見る。
少女「あなた、時々ギター弾いてる人だよね」
光夫「あ、う、うん……」
少女「弾いて」
光夫「えっ」
少女「弾いてよ」
光夫「あ、でもこの時間にここでやってると怒られるから……」
  少女、笑って光夫の手をつかみ走り出す。
  人気の無い、夜の商店街を走る二人。
光夫モノローグ「一瞬だけ自由になれた気がした。彼女は風のように自由だった。何にもとらわれていなかった。俺と違って」
  電話の着信。「絵里子」の文字。
絵里子メッセージ「光夫? まだ怒ってる? 映画の試写券もらったから行かない? 光夫の好きな小難しいのじゃないけど」
  二人、映画館の前を走りぬける。
  「光の記憶」のポスターの、端がめくれている。

S11 古い建物の屋上
  ギターを弾く光夫。
  目を閉じて、じっとそれに耳を傾けている少女。
  演奏が終わる。
  少女に笑いかける光夫。
少女「ヘタクソ」
  光夫、固まる。
少女「自分に超酔ってる感じ。カラオケレベルだね。諦めて真面目に働いた方がいいよ」
  光夫、何も言えない。
  少女、タバコを出して吸う。
少女「なんか期待した? あたしといれば、何か起こるかもって期待した? あたしが何か、トクベツっぽいことを言ってくれるって期待した? 映画みたいなことが起きるって」
  光夫、動けない。
少女「皆そうなんだよねー。ああいうしゃらくさい辛気臭い映画観て、自分もそういう風なんだって思ってんの。バッカみたい。皆一緒なのに」
光夫「そ、そんなこと知ってるよ」
少女「だよね。知ってるよね。知ってるけどでも違うって思ってんでしょ? 自分だけは、映画の中の人くらい繊細で、考え深いって思ってるでしょ?」
  光夫うなだれる。
少女「あははははは。全然だから! あんたちょーー普通だから! 『待ってた』って言ったの本気にした? マジで? 本当に? どうしてそんなこと信じられんの? マジおかしい。皆ね、あたしがちょっとうつろな顔して、変な恰好して、電波なこと言えば本気になんの。おっかしい。あたしが妖精さんみたいに見えたの? ねえ、正直に言ってみなよ。はっきり言うけど、そんな展開あんたみたいな凡人には絶対ねえから」
光夫「お……お前だってそうじゃないか! どうせ! どうせあれだろ! ニートかなんかだろ! 暇だからあんなとこで踊ってたんだろ! お前だってダンス下手だよ! ドヘタクソだよ!」
  少女、建物のヘリに立って、手を広げる。地上60メートルの高さ。顔をひきつらせる光夫。
少女「ほら、あのポスターみたいでしょ」
光夫「や、やめろよ、危ないこと」
少女「こういうことがあんたにできる? できないでしょ? あたしは出来るの。ねえ。どうして普通じゃイヤなの? なんで周りに嫉妬してるの? 彼女のこと見下してるのはなんで? なんで自分の歌の普通さに気づかないの? 町に流れるプロの歌と、自分の歌の違いがわからないの?」
光夫「うるせーよ! お前なんなんだよ!」
少女「あたし嬉しいの。勘違いやろうが日常に戻っていくのが。大好き。そういうところ観るの大好き! 映画じゃ観れないんだもんそういうの。だからあたし、自分で見ることにしたの。あんたはね、これからかっこつけた映画観る度にあたしのこと思い出すのよ。あ、映画にかぶれて、その後変な女に騙されて超恥ずかしい思いをしたなあって」
光夫「やめろよ」

S12 光夫の混乱の世界
少女「あなたみたいな人を待ってたの」
光夫「黙れ」
男「歌詞も陳腐だしねえー。誰が書いてるの?」
光夫「違う」
絵里子メッセージ「映画の試写券もらったから行かない? 光夫の好きな小難しいのじゃないけど」
光夫「違う」
  パンフレットのキャッチコピー。「どこでもない場所で紡がれる、救済の記憶」
少女「こんなに追い詰められること普段ないよね。まるで」
光夫モノローグ「まるで映画みたいな」
  光夫、少女を突き飛ばす。
  映画館の「光の記憶」のポスターが風で吹き飛ぶ。
  映画の場内灯がつく。
  客でいっぱいのライブハウスで、汗だくで歌っている光夫。
  その口にハンバーグが差し出される。     
  光夫の目の前にフォークを持った絵里子。
絵里子「光夫、孤独なの?」
光男「……あるじゃん、そういうの。本質的な孤独とか疲れみたいな」
絵里子「本質?」
光夫「……本質」
  暗いステージの上で向き合っている光夫と絵里子。暗がりから、善文がじっと見ている。
善文「みっちゃんは普通だと思う、俺」
  光夫、振り返って叫ぶ。
光夫「違うっつってんだろ!」
  何かが潰れる音。折れる音。

S13 映画館前。
  映画館の上映予定表を見上げている光夫と絵里子。
絵里子「あー、『光の記憶』終わっちゃってたあ」
光夫「いいじゃん。こんなのより駅前で『ブロークンコード2』観ようぜ」
絵里子「光夫ってアクションばっか! たまにはこういうの観て頭いい気分になろーよ」
光夫「でもお前バカじゃん」
絵里子「あーひどーい!」

S14 商店街
  ホットドッグをほおばりながら歩いている光夫と絵里子。
  道端で、ストリートミュージシャンが何組か演奏をしている。
光夫「皆下手だなあ」
絵里子「皆きっとすぐやめちゃうよ」
光夫「だろうなあ」
  二人の通りがかった店の前で、ウインドウに姿を映しながら、高校生くらいの少女が一人、ニコニコと笑顔を浮かべながらダンスの練習をしている。
  ふと振り返る光夫。
  少女、満面の笑みを返す。
  ゴミ箱の中に、「光の記憶」のパンフレットがぐしゃぐしゃに突っ込まれている。