山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

over night

冬にやった公演のカーテンコール曲の名前。
この曲を、最近、一日一度は聴かないと気がすまない。
イントロを聞くと、あの、海みたいに心地よくて不安に満ちた、舞台の上の暗闇を思い出す。その中で考えていたことを思いだす。

闇の向こうで、何十人という観客の気配が一瞬だけ消える。役者仲間の気配も消える。カーテンコールの時の暗転だけが、真の暗転だと私は感じる。芝居の終わりではなく、現実の始まりの匂いのきつい暗転。
つかの間、本当にひとりぼっちになる。座標を失った真っ暗な世界の中で、潮のような勢いで引いていく「非現実」の余韻に浸る。明かりがつくその寸前に、今までの全ての稽古のことや、楽しかったこと苦しかったことが、下げた頭の上を駆け抜ける。
明かりがつくと、小屋の様子が、それまでで一番現実的なみすぼらしさをまとって目に入る。こんなに狭かったんだな、と思いながら客席を見る。挨拶をしている役者の背中を見る。
靴の下のパンチの感触とか、冷えた汗でぬめる自分の肌の温度とか、予想よりも軽く、だからこそ哀しい体の疲れとか、外に出た時の寒さとか、皆の表情とか……まだ、まだ全部覚えている。生々しく。

私にとっては苦しい公演だった。思い出したくないことが山ほどある。

だけど、それを思い出すために、今私は頻繁にこの曲を聴いている。あの時の哀しさや痛みを忘れまい、と思う。
それより前にやった公演のカーテンコール曲は、どれも全然覚えていない。初舞台の時のカーテンコール曲ってなんだっけ?
忘れようとして忘れてきたものもある。
忘れまいとおもうものは、忘れないように努力すれば良い。とりあえず今、私はそうしようと思っているんだから。
目をつぶって、ヘッドホンで大音量でイントロを聞く。

ひとつの世界が終わる瞬間が見える。

 

まるで召されるような生き心地
もし私が罪人でも 
騎士よどうか私が往くべき途へいざなって
嘆き彷徨い続ける私の魂
あなただけがこの涙を拭い去れる
永遠に
涙が流れ落ちて闇の中に消える
(日本語訳)