山羊の沈黙

たくさん読んでたくさん書く生活を模索しています。

気づかれない仕事をするのも仕事のうち

今日も寝過ごし太郎で10時起床。昨日あげた原稿に追加要望が来て、その対応に昼過ぎまで使う。午後、近所のファミレス(いつ行っても閑散としているのでいつ消えるか不安になる)でひたすら新刊のための資料読みとメモ。ドリンクバーとから揚げを頼んで2時間以上ねばる。
あくまで私の場合だけど、ブックライティングの際は、頭に「降ろす」作業が必要になる。著者の精神を、と言うとちょっと違って、”著者のイデア”みたいなものを降ろす感覚。大量の資料を延々と読んだり、メモを取り続けたりしていると、やがてコップから水があふれるように「あ、ようやく書ける」と思う瞬間が来る。その瞬間さえとらえられればあとはなんとかなる。逆に、それより前に書きだしても結局やり直すことになる。今はまだコップの半分くらいだろうか(といっても〆切りはもうすぐだ!)。
夕方、限界まで仕事してから本屋へ。西田亮介さんの新刊の『民主主義<一九四八-五三中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版>』と、適菜収の『ミシマの警告』買う。読む時間の確保が課題だ。
夜は印象深かった連絡がいくつか。まず、構成で協力した書籍の4版決定連絡。やったね。
次に、私が構成したとあるインタビュー原稿について、取引先が「時間がないので聞き起こしをしてもらった状態」というふうに他の人に説明していることが判明。へえ〜っという気持ち。聞いたまま使っている部分なんかどこにもないんだけど。話題の順番から、表現から全部こっちで換骨奪胎して全力で構成しているのだ。まあ、聞き起こしに見えるような原稿がインタビュー原稿にとってある種の理想であることも事実なので、ここは私のウデだと思うことにする。が、その後やっぱり腹立たしくて30分くらいイライラ。これは、原稿の報酬が相場の4分の1くらいだからだということも関係している。こういうのはよくない。適正報酬を得ないと、こういう感覚との折り合いがつかなくて結局全体的には赤字になるのだ。
それから、なんとなく連絡をした方と、メッセで盛り上がって何故かそのまま新しいコンテンツの企画打ち合わせをすることに。節分を前になんだかいい感じだ。