考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

映画「ミロンゲーロス」

FBに殴り書きしたものを転載。

 昨日は、スタジオタンゲーラで映画『ミロンゲーロス』を鑑賞。戦前を知る老齢のミロンゲーロ・ミロンゲーラ(※タンゴを踊るパーティのような場がミロンガ。そこで粋に踊れる男女をこのように呼ぶ)38人へのインタビュー集。7〜80代から上は90代まで、もう60年も70年もタンゴを踊っているような人たちの、一癖も二癖もあるタンゴ語りがとても味わい深かった。当たり前だけど皆タンゴに一家言あって、主張の激しさが楽しくもあり、神妙な気持ちにもなり。
 多分80代くらいの人が多かったと思うんだけど、ということは皆さん、生まれは1930〜1940年くらい。歴史的背景に目を向ければ、世界恐慌とその克服の時代だ。この時期アルゼンチン国内の移民がブエノスアイレスに押し寄せ、それ以外の地方との格差がいよいよ開いていったという。目下私の教科書である『タンゴ100年史』によれば、1931年にはコリエンテス通りの拡張工事が始まり、ここから5年かけてブエノスアイレス市の様子は一新されたとか。国も都市自体もどんどこ変化しまくった、その真っ最中に生まれた市井の人々へのインタビューというわけで、大変貴重な作品であることは間違いない。上映後のトークも、短いながら面白かった。「マエストロたちのマエストロ」と呼ばれる大御所ミロンゲーロ、ラウル・ブラボー氏のおしゃべりは思わず聴きながら書き起こしをしてしまったわ。貴重。
 インタビュイーのミロンゲーロたちがティーンになり、踊り始めたのは40年代〜50年代。アルゼンチンが一番豊かだった頃。そしてタンゴにおける第二次黄金期の幕開け。そんな時代が青春とどどかぶりだったというその一点については、わずかな羨望も禁じ得ない。が、もちろんこの間には第二次世界大戦があり、戦後には軍事独裁政権時代が、マルビナス戦争が、そして経済崩壊が待ち受ける。崩壊する直前の夢の時代、日本のバブル期と同じような一種の狂乱の時代だったと言えるだろうか。どでかいキャバレーで何百人もがひしめきあいタンゴを踊る写真が何枚かスクリーンに映されたけど、すごいなあと思いつつ、その時代の“躁”感にあてられるような気持ちにもなった。豊かで楽しく、だけど“幸福感”とはまた少し違うタイプのエネルギー。
 私の印象に残ったのは、インタビュイーたちの言葉の端々に見える階層意識だった。自分たちは下町の人間であり、“上”の人たちとは踊る場所も感覚も違うんだという意地と誇り。一人のミロンゲーラが「オズバルド・フレセドは上流階級の人間が集まる場所で演奏していたから、彼の生演奏で踊ったことはない」と発言していたのにはなるほどと思った。上で書いたコリエンテス通りの工事が始まった翌年の1932年、オズバルド・フレセドは初めて大編成オーケストラを披露し、シンフォニック・タンゴのはしりとなる。まだ私あんまり個々の作曲者たちのヒストリーを追えていないんだけど、おそらくこの後フレセドは下町のクラブではあまり演奏していないのね。一方ダリエンソは下町の大スターで、彼がやってくると聞いたら町中大騒ぎだったそうな(「彼の音楽は、時速200キロで我々を追い立てる」というセリフが面白かった)。
 “上”の連中にこの味が出せるもんか、というような自意識が、当時のタンゴに与えている影響はものすごく大きかったことだろう。それはやっぱり、広い意味では政治的抵抗なのだ。共同体の中における、個人の生の主張なのだ。だからこそ彼らはオリジナリティにこだわるし、そこに「汚れ」があることを重要だと指摘する。「自分だけの踊り方」に誇りを持ち、他人のそれに注目する。私は、彼らの言うところの「スポーツ」のような、「商売」のようなダンスにも魅力を感じるし、40年代に存在した「汚れ」の再現はそもそも不可能だろうとも思っているけれど、あのプライドの持ち方にはやっぱり敬意を払いたい。それは歴史そのものだと思うから。

 踊りといえば、先日妹が東京にやってきた際、『オリガ・モリソヴナの反語法』(米原万里)を読んで感想を教えろと言ったところ、さっそく昨日こんな感想を送ってきたのだった。

「(前略)あと、言語・歴史の重要性を改めて思い知った。歴史は血肉、言語は思考のシステムそのものなんだと。そしてそれらを体現、というかあるがままをあるがままにするのが「踊り」なんだなと。それを「表現」するのがダンサー、「踊る」のが踊り子、という感じ」

 そういう意味でいえば、この映画に出てきたミロンゲーラ・ミロンゲーロたちは皆「ダンサー」ではなく「踊り子」に違いない。
 私は「ダンサー」はなれないと思うけど、これからの人生の中で、いつか「自分の踊り」を見つけたいという欲はある。70歳くらいまで頑張って踊るとして、あと40年近くあるわけだもんね。ま、そのくらいあれば、今よりもう少しマシな踊りはできるでしょう。私の課題は、緊張せずに、もっと楽しく、もっと気持ちよく踊ること……。一人のおじいちゃんが言っていた「タンゴを踊るときは愛に溺れなきゃ」という言葉は刺さったなあ。