考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

よく知らないけど書くというスタイルについて

20日(土)
 ライターお茶会の日。二人の女性と話す。「ライターお茶会、これで何回目なんですか?」と聞かれて首をひねる。2016年からのそのそとやり続け、これで10回目くらいだろうか。人数的には、かれこれ3、40人と話してきたことになる。続けるとけっこうな人数になるものだ。
 お茶会のあとは、二人をつれて馬喰横山駅まで行く。佐々木ののかちゃんの個展+朗読劇を観るためである。会場前で、元ドレスデザイナーの杉山早嬢も確保。
 会場には、ののかちゃんの妹だが姉に見えてしまうすらりとした佐々木かえでさんや、作家でセラピストの田村真菜さんなどがいた。田村さんとは長らく相互フォロワーで、わりと近いところにいながら会えないできたので「やっと会えたね」という感じ。
 朗読劇はとてもよかった。20分程度という時間におさめたことも非常に良い判断だったと思う。小劇場演劇の世界に4年ほどどっぷり浸かっていたことがあるのですべてが懐かしかった。そして、ライターが自分の書いたものをこうした形で再表現する、ということに新しい可能性を感じる。ののかちゃんはこういうのが向いている人だと思った。

21日(日)
 午後までは仕事。夕方、友人のお姉様から頼まれて占いをする。お礼にと、素敵なカフェで食べ物をおごっていただいてしまった。こういうときにはスタバや星乃珈琲店レベルの店でおごられることがほとんどなのだが、今回はそういった店の三倍くらい高いところだったので激しく恐縮する。
 体力的にも精神的にもバテバテだったものの、一念発起して夜は豊洲シビックセンターのミロンガへ。行ってよかった。今回もお誘いには事欠かず、踊りっぱなしの楽しい時間を過ごすことができた。下北のマーシー先生がまた踊ってくれたので感激。
 マーシー先生と踊るのはこれで3回目。初回はレッスンを受け始めてまだ3ヶ月くらいのとき。2回目が5ヶ月目くらいで、今回は半年。少しは上手くなっているといいんですが、と言ったら力強く頷かれた。
「上手くなってますよ。もうね、リラックス具合が違います。ちゃんと体にタンゴが入ってきてる。すばらしい。努力はちゃんと報われるんですねえ」
 とても嬉しい言葉だった。もっともっと楽しく、自由に踊れるようになりたい。

22日(月)
 午前中から某メディアの編集者さんと打ち合わせ。まだ若いが非常に優秀な方で、あっという間に尊敬の念でいっぱいになってしまった。
 高橋源一郎小川榮太郎批判の記事は私はよくないと思った、と話したらあちらも同意だと言う。仲間を得たりの気持ちで、かつてポリタスに載った「死者と共に生きる」のこともほじくり返していろいろと弁をふるってしまった。
 いつかこれについてはちゃんと言語化してみたい、と言ったところ「いいと思います」と彼。しかし続けて言うには「残念ながらうちは会社的に、高橋さんに対しての批判を載せるのは難しいのですが……」。やっぱりそういうものなのよね。ま、私はnoteとかでやります。
 夜は仕事関係の人たちと少し呑む。帰り、ベテラン編集者の男性と二人で駅まで歩いていたときに元彼の話をしたらこんな反応。
「小池さんに、人を好きになったり、つきあいたいと思ったりする気持ちがあると知れて、それだけで胸があたたまる想いです」
 おいおい。
「私は鋼鉄の女に見えますか」
「そうですね、サッチャーばりの鉄の女だと思っていました」
 よくそう見られるけど意外とそうでもないんですよね、実は。ていうかサッチャーは夫がいるじゃないか!

23日(火)
 朝早く家を出て、昔からの知り合いである某企業の社長にインタビュー。彼は私が金融会社のWEB担当だった頃に、その会社のコンサルタントをしてくれていた人物だ。初めて会ったとき私は24歳で、向こうもまだ30代だった。
「小池さんがこんな風になるなんて、あの頃はちっとも思ってなかったなあ」
 と笑われる。実は私の方はそんなに予想外でもない。
 移動し、神保町でカレーを食べ、ミロンガ・ヌオーバで休憩。そのあと千代田図書館で5時間ほど仕事をする。会社員時代はよく来た千代田図書館。懐かしい。
 夜はまた編集者の知り合いたちと飲み。しかし翌日が健康診断だったためほとんど食べられず、かなり高くつく飲み会になってしまった。スケジュールが甘いとこうなる。

24日(水)
 6時台に起きて仕事、午後に大久保で健康診断。大久保駅には初めて降り立った。こんなに混雑した駅だとは知らなかった。外国語ばかり聞こえてくるので外国にいる気分になる。
 検診では、いつも165を越す身長が、164.9だったのでショックを受けた。座りっぱなしだから縮んでいるんだろう。体重は52.7だか8だかでいつもと変わらず。筋肉量が少しは増えているといいんだけれども。視力は右が0.4、左が0.1。差がひどい。
 検診後、近くのトンカツ屋でヒレカツ定食を食べてから帰宅。早起きのうえ採血をしたせいか猛烈に眠く、夕方から夜まで寝てしまった。そのあと明け方まで仕事。

25日(木)
 一日仕事だった。
 夜、小川榮太郎のことを引き続き考えながら池田晶子の『考える日々』を読む。中にこんな文章がある。

国会という場所で何が行われているのかは知らないが、その雰囲気その立ち振る舞いなどから、ああこの世界は私の生涯とは完璧に無縁である。そう直感した。
以来、その時の総理大臣の名前くらいは、かろうじて知っている(と思う)が、現存している党の名前は全然知らない。(略)耳を貸すだけでも、人生の時間の損害だと感じるのである。

 それについてよくは知らない。しかし真実を言葉にすることはできる。なぜなら自分には、直感を正しくひもといていく思考力があるからであるーー池田晶子が得意としたこの直感ありきの論法は、いうまでもなく小林秀雄からそっくり受け継いだものだ。そして小川榮太郎ももちろん、敬愛する小林秀雄からこのスタイルを踏襲している。だから池田晶子の文章と、小川榮太郎の文章はちょっと似ていると私は思う(もちろん、池田晶子セクシュアルマイノリティに対して過度に攻撃的な文章を書いたことはないし、見ているものも、やろうとしていることも違うのだが)。
 90年代ごろまでは、こういう戦い方もアリだったのだろう。そこには何か価値が……孤独のロマンみたいなものが発生したのだろう。でも今はもう駄目だ。「国会という場所で何が行われているのかは知らない、知る気もない」と言うことは、「LGBTのことはよく知らない、知る気もない」と言うことは、2018年では端的にダサい。
 私も大概「よく知らないこと」について書いてしまうたちだし、「よく知っていることについてしか書けない人生」は選んでいないので、彼らのことは(僭越ながら)「同じ村の人」くらいに思っている。だからこそ余計ヒリヒリするのである。
 少なくとも私に関して言えば、単なる「それについてよくわかっていない人」という称号を、素直に受け入れるところから始めるしかないだろう。