考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

意地悪より意地良しの見方を。

 昼は喫茶店にこもって資料本読みと小説書き。ホットケーキとレモネード。結局資料読みに時間をかなり使ってしまう。本を読むと仕事をしたような気になってしまうシステム、よくない。羽田圭介さんもテレビでそう言っていたような(だから家に本はおかないんだと続いていたはず)。90分で店を追い出される。
 そのあとは図書館に行き、引き続き小説を書く。4000字でまとめるはずが結局9000字になってしまった。出来もよくない。が、まあ「完成させるため」に走らせた小説だからひとまずこれでよしとする。ところどころ、やりたいことの出ている部分もあるとは感じた。私は基本的に長編小説式の書き方をしてしまっているので、これをもうしばらくキリキリしぼってみようと思う。
 そのあと遠藤周作の本を読んだ。遠藤周作は、私が冷静に読めない作家の一人(他の作家をそんなに冷静に読んでいるのかよ、と言われると困っちゃうんだけど)。キリスト教に対して冷静になれない、というところとどうしたって繋がっているのだ。
 「意地悪爺さん」との対話という形式で書かれた、「意地悪ではなく意地良しの見方をすることによって成立することもあるのではないか」という一文にウムウムと思う。性善説とは違う。善なる展開を期待するということでもない。善を選択することの先にあるものによって、この世界と自分と何かのバランスを取ろうということなのだと思う。
 しかし、意地良しの見方をしたいからこそ批判したいもの、というのもある。そういう意味で、私の中で目下課題なのが、高橋源一郎氏による小川榮太郎氏批判と、アニメ映画「若おかみは小学生!」だ。これらについては当分ねちねち考えるつもりでいる。
 帰宅後、豚バラとピーマンを使った豚丼(卵のせ)、納豆で夕食。「ダウントン・アビー」の最初の方を少し見る。なんて緻密な脚本! しかしトーマスは自制心が無さすぎるな。そこが愛されポイントなのもわかるけども。
 マギー・スミスを見ていて、うちのタンゴ教室の女先生のことをふと思い出す。彼女のうんと若い頃の写真を見たら、やっぱりちょっと似ている気がした。ずっと先のことだけど、こんな美しいおばあさんになるのかもしれない。しかしマギー・スミスってもはやイギリスの原風景そのものみたいな女優だな。
 夜はまたコツコツ仕事。疲労のせいか鼻周りの痙攣が止まらなくて困る。

 やらねばならないことばかり溜まっていて、やりたいことの割り込ませ方でまた悩んでいる日々だ。ライター仕事、起業準備、ラジオ、小説、お茶会準備、京都出張準備、漫画のネーム、エトセトラ、エトセトラ……。でも今日は(出来はどうあれ)小説を一編書き終えられたし、少しずつは進んでいるはず。本の紹介の記事も早く第二弾を書いてアップしたい。