考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

あきらめつつこだわる

 この三週間、ずっと取り組んでいた原稿が掲載されました。朝日新聞社の運営するメディア「WEBRONZA」にてご覧いただけます。全部で5000字と少しです。長いですが、難しい話はまったくしていないので、政治に興味のない方にも読んでいただけると嬉しいです。

webronza.asahi.com 

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 あらゆるメディアが、自分たちのポリシーに共感的、あるいは何か通じるもののある書き手に原稿を依頼する。基本的には当然のことだと思う。ただ、そこには常に自省や懐疑の目も必要なのだと、自分ごととしても痛感する今日この頃である。
 今回の「新潮45」の件が象徴的だったように、昨今のメディアの記事というのは、基本的に「仲間」に向かって放たれているものだ(いや、昔からそうだったのかもしれないが)。「あなたの違和感は正しい」「あなたの憎むそれはたしかに間違っている」と話しかけ安心させる、あるいは鼓舞することが大きな役割となっている。もちろん個々の書き手がそうでないスタンスをとっていることはあるはずだが、それでも設計側(運営会社、編集者など)の意図はどうしても「いかに共感する人を集めるか」ということになりがちだし、そこで捲く餌を口に苦いものにはできない、という面もあるだろう。
 で、それをある程度は仕方がないと思いつつ、それでもやっぱり「そーいうのが全体的にイヤ」と思う自分もまた無視できない。
 「自民党は/野党は『敵』である」というジャッジが「自明」のものとされている世界観。「たいして勉強していない、そこまで有名でもないオネエチャンやオニイチャンに感覚的で過激な意見を言わせよう」という意識の透けてみえる筆者選択(私もそこに加えられるタイプだ)。そういうもの全体に、「語った方がいいことが語られていないのでは?」という不安をおぼえる。
 今回の原稿には、その気持ちを込めたつもりだ。「総裁選をテーマに、政治に対する違和感を書いてください」という依頼からこんな原稿がくるとは編集者さんも想定していなかったかもしれないが(もっと普通の現政権批判が出てくると思っていただろう)、掲載してくださったことに感謝。

 雑誌にしろWEBメディアにしろニッチな世界であって、そんな小さな村の中の対立や分断なんてさしたる問題でもない、という考え方もある。一般市民の98%くらいはこんな話には興味ないと思う。私だって、こんな仕事をしていなかったらどうでもよかったに違いない。
 それでも、私の視界にはまずこれが入ってきてしまっているわけで、それを無視するのは無理だ。そこに対する違和感が、あくまで私の見方においては、あらゆる社会の問題と接続されている。私の中には因果関係がある。ここにばっかりフォーカスして、盲目的に突き詰めると陰謀論みたいなものを信じ始めてしまうのだろうが、「あくまでこれは私の見方、私の世界の話」という前提をもとに、私は私の意見を言うしかないとあきらめている。そしてあきらめながらも、でもその先に何か予想外のことがあるかもしれない、ともしぶとく思ってもいる。もしかしたら、もしかしたら……その仮説をただ積み重ねるだけで人生が終わる、という展開を想像してさえ、私はこれをやめることができない。

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 今日(27日)はあまり何もしなかった。休息優先。原稿の修正を返し、請求書を出したくらい。朝ごはんを作るのも面倒で、目玉焼きとピーマンだけですませた。
 夕方、なんとなくパンケーキを食べたくなって隣町のショッピングセンターへ。ダッチベイビーなども提供しているそこそこ有名な店でパンケーキを食べた。しかしうーん、微妙。これなら珈琲館とかのホットケーキの方が美味しいかもしれない。私はミルクっぽいパンケーキはあまり好きじゃなくて、硬くて黄色いのが好きである。これまでに一番好きだと思ったのは、板橋に住んでいた頃によく行った喫茶店ピノキオ」のホットケーキ。
 書店で中山可穂の新刊『銀橋』を目にする。読みたいような、読みたくないような。私は中山可穂の小説を好きで、なおかつ宝塚も好きなのだが、だからこそなんかこう、恥ずかしいのである。レオンくんのトップとしての活躍は気になるんだけど。それにしても、中山可穂が『愛の国』で絶筆してしまわなくてよかった。
 帰宅後、買い物して帰宅。秋刀魚の刺身とミニトマトブロッコリーを焼いてパスタをつくった。最近細い麺が好きになってきた。

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 9時頃から寝て、3時頃起床。今28日の4時。今日はこのまま起きて、夜も早く寝たい。朝方のリズムに修正したい。

銀橋

銀橋