考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

余裕なし

 原稿ざんまいでまったく余裕なし。
 それでも今日は午前中に大急ぎで美容院に行った。なぜなら明日、ライターお茶会だから。この「凪のお暇ヘッド」では見苦しい。
 担当は前回と同じく店長。彼の地元である京都、そして私の地元である名古屋の話を交互にし合う。彼はこの度地元に戻り、自分のお店を出すのだそうだ。めでたい。途中体型の話になり、「小池さんスタイルいいですよね。太ってないけど痩せすぎてもいなくて、姿勢もいいし、健康的でいいと思います。やっぱりタンゴやってるからなんですかね」と力強く褒められる。「健康的にスタイルがいい」と言われるのは、「細い」と言われるよりずっと嬉しい。私は上半身が貧相なので、実態より細く見られがちなのだ(実際は脚が大根)。
 そのあと、行きつけの喫茶店でかっこみ飯。家に帰って、そのあとはただただキーボードを叩く。今やっているのはRから頼まれているコラム。テーマがある意味時事ネタなのだが、状況的に語るのが難しく、白髪が増えそうなくらい悩む。できないなあ、と思っていたら編集者から「語りようがない状態になってきましたね」というメッセージがきて、これは私がバカだから書けないのではないのかも、と思った。とはいえこういうものを語れるようになりたい。
 一旦Rのコラムを手放したあと、Dのコラムのプレビューチェック。このタイプの記事が出るのは初めてなのでまだちょっと不思議な感覚。今読み返すと手慣れていなさが目につくが、まあ改善していけるだろう。
 Rのコラムを書いていて思ったのは、私は「視点を変えて書く」ができないということ。いつも同じ場所の、同じ高さでしか書けない。これはもう諦めるしかないのだろうし、その方向性で武器を磨いていくしかないんだろう。
 頼んでいた本もきた。ランドル・コリンズの『脱常識の社会学』、吉田利宏の『法律を読む技術・学ぶ技術』。どちらも、年内には編集者に渡さなければならない小説のための資料本。こっちも急がねば。『「混血」と「日本人」』もまだ読めていない。今月中に以下の三冊は絶対読む。日記にちゃんと書くぞ。

 今日のメモ

 話すように
 詩のように
 呪いのように
 祝福のように
 攻撃のように
 癒しのように
 いたわるように
 断罪のように
 励ましのように
 宣告のように
 すべて知っているように
 何も知らないように
 千年生きてきたように
 今生まれたように
 生きるように書くこと。

 

脱常識の社会学 第二版――社会の読み方入門 (岩波現代文庫)

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法律を読む技術・学ぶ技術[改訂第3版]

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「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史―

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