考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

映画「SUNNY」、思い出はいつもきれいだけど

9月1日(土)

 同い年の編集者Tさんと、日比谷で映画「SUNNY」を観る。原作は、何度も観ようと試みて何度も途中で挫折しており、後半を未見。

 私は大根監督のセンス(とくにセリフの)が苦手で、「モテキ」も一部の演出をのぞき全然合わなかった。なので正直期待はしていなかったのだが、なかなかどうしてよかったです。セリフはやっぱり「ん?」となるところがたくさんあったものの(レズがどうだとか、「あんたらも援助交際してたの?」みたいなオヤジからのからませ方とか)、なんかもう全体的に、脚本のアラをキャストの魅力がねじふせていたと思う。

 特に、コギャル時代を演じた6人の女の子たち。実に魅力的だった。池田エライザみたいなギャルが90年代にいたら最強だっただろうな。海辺でのアムラーファッション、似合いすぎてた。

 私は87年生まれなので、コギャルブーム全盛期のころはまだ小学生。当時からすでに「女子のメインストリーム」にのれない感覚はあったので、コギャルのこともかなりひいた目で見ていた。でも、そんな私にとっても「SUNNY」の空気感は素直に懐かしかった。意外と自分がどっぷり90年代カルチャーに浸かっていたんだなと確認した感じ。

 思い返してみれば、同級生はしっかり安室ちゃんに影響を受けていたし、髪型とか格好とか持ち物で、すでに「コギャル予備軍」の風格を見せている子も中にはいた。小学四年のときのクラスに、安室ちゃんに憧れてジャズダンスを習い始めた子がいたこともよく覚えている(その子にあるとき「安室奈美恵のあの歌は好きだよ。ボディ……?」と言いかけたら、「ああ、バディフィゥズィグズィットね」とめちゃめちゃ英語風の発音で返された)。

 さらに言うと名古屋の場合、数年遅れで東京のブームの後追いをするということもあり、2000年代前半くらいまではまだコギャルブームの余韻が続いていたのである。私が通っていた高校は中の上くらいの進学校だったけど、女子の半数はルーズソックスだったし、細眉に茶髪の子も大勢いた。ハイビスカスを頭につけて、ブランドのビニール袋を背負って、他校のバッグを下げているギャルたちの姿は、私もよ〜〜く見ていたものだった。懐かしい。

 言うまでもなく、私は彼女たちにはまったく混ざれなかった。うるさいし行儀が悪いしいやだなあ、と思う対象だった。あの全能感が、声の大きさが、持て余している生命力が、私にとっては脅威でしかなかった。でも31歳になって、映画を通じて見るコギャルの世界はかわいらしかった。

 彼女たちはとにかく持てるリソースすべてを使って楽しんでいたし、「みんなで楽しもうとすること自体を楽しめていた」のだ。それってすごいことだと思う。今がそうではないのか、というとそういうわけでもないのだが、「楽しもうとすること、それ自体の帯びるむなしさ」の存在感が昔より大きくなっている印象はある。まあ印象論です。

 今回の映画のキャストたちはその、「みんなで楽しもうとすること自体の楽しさ」を体で表現してくれていたと思う。それを受け取れたから、観終わったあとポジティブな気持ちになれたんだろう。終盤あちこちからすすり泣きの声が聞こえたことや、劇場が明るくなったとたん「めちゃめちゃ面白かったんだけど」という声が聞こえたこと、この映画の記憶として大事にくっつけておきたい。そして、楽しめたこととは別に、この映画から感じた邦画のいつもの政治的正しくなさについてはおいおい考えていきたい。

 観終わったあと、Tさんと2人「ああいう筆箱ありましたよねえ」「あの頃ってほんとハイビスカスが正義でしたよね」「なんであのビニール袋をみんな使ってたんだろ」「写真にポスカで落書き!!」と懐古の確認作業。しかし彼女はこうも言っていた。

「懐かしいけど、でもちょっと嫌な気持ちもあるんです。まだそこまで『懐かしさを楽しむ』モードに振り切れない感覚もあって……」

 それもわかる気がする。これはつまり、「思い出はいつも美しいが、それだけでは空腹になる」というアレなのかもしれないな。