考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

人間としての根源的な部分

8月7日(火)

見知らぬ電話番号から電話。誰だ、と思いながら出たら無愛想な男の声。「あ、小池さんっすか」、と言う彼にさらに「誰だ」と思ったら「J社のKです」。なんとまあ懐かしい、学生時代にバイトしていた出版社の、唯一の同い年バイトだった男、K氏ではないか。彼はのちにそこで正社員になったのだ。卒業後もときたま会社に寄って顔くらいは見ていたが、電話を受けるのは久しぶり。

一件仕事を頼みたいと言うので快く受ける。正直時間の余裕はないものの、K氏からの依頼とあっては断れなかった。

彼は、バイト仲間だった頃は気合の入ったスケートボーダーで、とにかく下半身の筋肉が素晴らしかった。私がそれまでに会ってきた男性の中でも1、2を争う美脚(ただ細いのでもむきむきなのでもない)だった。ああいう脚になれたらなあ、と何度も思ったものだ。タンゴをやっている今、改めて彼のような脚がほしい。彼に言われた「俺、小池さんほどネガティブな人見たことない」という言葉を思い出した昼下がり。

というわけで仕事が増えてしまったのであった。エッセイの寄稿依頼もきているのでこれで今月の追加仕事は2。雑誌の特集記事づくりも大詰め、来月からの連載の準備もできていない。やばい。

昨日までのもろもろの仕事の反動がきて夕方までだらけてしまったけど、そこから立て直してまずは資料本読み。ケンタッキーとドトールをはしごした。

夜はささっとタンゴに行き、帰ってからまた編集Sと雑誌案件の作業に励む。

朝 ゆで卵とミニトマトのサラダ 納豆
昼 ケンタッキーのナゲットとビスケット
夜 ココイチのうどん

 

8月8日(水)

昼、所用で某A社へ。電車のなかで、雑誌「薔薇族」の創刊者として知られる伊藤文学さんの『薔薇ひらく日を』を読む。

伊藤さんについては、批判的な声も多く聞く。同性愛への偏見を一部助長したとか、”ノンケ”が同性愛者を利用したとか、ゲイにしか注力していなくて他のマイノリティへの理解や助力は足りなかったとか、あちこち考え方が古くてよくないとか、内容はいろいろだ。それぞれに、妥当だと思うところももちろんある(たとえばバイセクシュアルに対しての意見や、少年愛についての態度などは、現代の倫理で言うと批判すべき点が多々ある)。でも、やっぱり少なくとも「この時代、この国で、この状況で」、商業の力を使いながらマイノリティをこれだけ粘り強く励ませたのは、この人をおいて他にはいなかったのではと思う。「世間体、この形なきくせものを僕は憎む」という言葉に複雑な気持ちの涙が出た。

そして唸ったのが「春はめぐって来ないのだろうか」のある部分。

書店で彼の書いたという『五体不満足』(講談社刊・定価・本体一六〇〇円)を買い求めて読んでみた。確かに感動させられる話ではあったが、東北の読者のような、人間として根源的な性欲の悩みは何ひとつ語られていなかった。(略)『五体不満足』の著者だって、セックスの悩みはあるに違いない。

人間として根源的な性欲の悩み。それを当時の乙武氏が、書くことを検討したかどうかも今となってはわからない。しかしその後起きたことをふまえると、「根源的な部分を避けた」ものが大ブレイクしたことには、やはりある種の”負債”が発生していたのだろうと考えてしまう。そこについて、単刀直入にコメントしている伊藤氏はやはり何かそこを見抜いていたんじゃないかとも思わされる。マーケティング優先で作られる本は特にこういう「根源的な」部分を避けてしまうけれど、それって本当に良いことなのかという疑問は常にある。

A社では、某編集者氏と話。原稿依頼をホイホイ受けてしまった。はたして期待に応えられるのかどうか、正直今の時点ではまったく自身がない。

あまりに増えた仕事量に青ざめながら帰路につき、途中で行きつけの喫茶店で紅茶を飲む。手帳にタスクを書き出し書き出し、雨風が強まるとともに私のテンションも荒れる。チーズケーキを食べようかと思ったが我慢。

夜はまた、現実逃避もかねてタンゴへ。私は体格の良い男性が黒い丸首半袖シャツを着ているところを見るのがものすごく好きで、男先生がめずらしくそんな格好(普段のレッスンでは必ず襟シャツ)をして現れたのでハッピーになった。ビシッと決めた格好のタンゴはもちろんかっこいいんだけど、私は身体のきれいなダンサーが、カジュアルな格好で踊っているところによりセクシーさを感じる。

女先生が、夏だからこそのレッグウォーマー装着をしていたので感心。私も適当に冷やし放題しているので足首くらいはあたためよう。

朝 蒸しパン
昼 寿司4カン
夜 おにぎり 納豆(今日は全体的にひどいな)