考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

私の神話

大手町のあたりを歩いていたところで、靴の中にまぎれこんでいた木くずか何かが振動の具合で突如直立、まるで画鋲を踏んだような鮮烈な痛みが親指の先から脳天までを突き抜けた。痛みが足先から頭まで駆け上ってくる感覚と、頭皮全体の毛穴がザッと広がる感覚がありありとわかって面白く、しばらくその感覚の振り返りで時間を使ってしまった昼。

今日は午後にタンゴの練習とヒカリエでの買い物、夜はとある優秀なフリーライター&編集者さんとサイゼでお喋り。お互いの業についてしばし語り合った。

仕事でも恋愛でも、大人は「どうしてもこのパターンにハマってしまう……」という苦しみを抱えがちだ。わかっているのにやってしまう。その繰り返し。これはもう一生続くに違いない。ただ私がいつも思うのは、同じところをぐるぐる廻るにしても、せめて螺旋階段のように、縦軸は登りながらいきたいということ。そしてその螺旋階段をじわじわと斜めに、新しい世界にむけて傾けていきたいということだ。

私の恋愛のパターン。私がどうしてもひっかかってしまう(という言い方もよくないな)のは、「一番欲しいのは実は家族なのに、それを手に入れることを頑なに拒んでいる男性」である。そういう男性をあの手この手で籠絡し、真の願望に屈服させ、「家族」を与えて救済したい、という強い欲求が私のなかにはたぶんある。「拒んでいる男性」というところがミソ(まずいミソ)で、このハードルを感知しないと私の「かまいたい欲」が発動しにくいというのが厄介だ。

なんでこんな変な欲望があるかといえば理由は簡単で、我が父がもろに上記のような男性だったからだ。母はその父に、本当に欲していたものを与えた救世主だった。父は母にベタぼれだったし、父が早くに死んだことで、彼らの物語は観念的には美しく終わった。それが私の抱えている、そして私を縛っている創世神話なのである。

この神話を否定せず、共生しつつもっと強い神話を私自身が作れたらいいなあ、というのがぼんやり抱いている願望だが、うまくいくかどうか。

 

朝 プチトマト、クリームチーズ、ゆで卵ふたつのサラダ

夕方 ヒレカツ定食

夜 紅茶