考える引き出し

小池みきがなんでも書くところ・タンゴ練習記録多め

人の言葉

「美しい顔」騒動の記事やなんかを見ていて私が思ったのは、この作者さんの頭のなかでは本当に、「インプットした文章」と「自分の中で再構築した文章」の区別がついていなかったんじゃないかな、ということだった。

これは昔から感じていることなんだけど、ある種の「頭の良い人」には、「インプットした言葉を一瞬で自分の言葉だと思いこむ(というかそういう現実に切り替える?)」傾向があると思う。喋っていて相手が言った言葉を即刻自分が言ったように言い直してきたり、本で読んだ文章を「本で読んだんだけど…」ではなくあたかも自分が思いついたようにすぐさま口に出したりする人を私は多く見てきた。もちろん、会話の中でノリで相手の言った言葉を繰り返してしまう、そのままコピペしてしまうということは誰にでもある(私もある)んだけど、その「なんの迷いもなくコピペ」具合がちょっと普通でない、と思う相手が時々いる。その人達は大抵すごく頭の回転が早くて、仕事のできる、シャープなタイプ。経営者なんかにも多い。

子どもの頃から、そういう人と喋っては「??」となっていたんだけど、大人になるにつれて、「そのくらい脳の処理が速いからこそ、この人はこんなに優秀なのか」と理解するようになった。「AちゃんがBと言った。それについて私はこう思う、ああかもしれない、こうかもしれない、うむむむ……」なんてごちょごちょ考えるのではなく、Aちゃんから「B」という言葉を聞いたその瞬間に正誤や自分にとっての有益性を判断、有益だと判断が下りたら間髪入れず頭の中に「B!!」という考えを定着させるし、口からも出す。誰が言ったか、それについてどう思ったかなんていう情報は無駄なので捨てる。そのくらいのスピード感だからこそ処理できる勉強や仕事というのが、たしかにこの世界にはある気がする。

で、「美しい顔」の作者さんも、そういうタイプだったんじゃないかなと、これは完全な想像だが思った次第だ。そうでなければ、よっっぽど心臓が毛だらけか、よっっっぽど作文教育の機会に恵まれなかった人でない限り、ノンフィクション本の文章をそのまま描写の中に散りばめてしまう、なんてことはなかなかできないのではないか。なにか認知の歪みがあるんじゃないかとしか思えないのである(私がビビりなだけかな)。

もちろん私も、無意識的にそういうやり方をしてしまっていることはあると思う。なるべく自分が思ったことと相手が言ったことの区別はつけていたいが、言葉や思念のやり取りにおいて自己と他者を完全に線引きするというのは難しい。ただ、インプットした言葉を未消化で吐き出すというのは、食べ物の消化と同じでやっぱり体に悪いことなんじゃないかという気がしてならない。なぜ、どういう風に悪いのかというのは上手く言えない。魂にも生命維持活動みたいな仕組みがあり、そこには観念的な栄養が必要だから、というオカルティックな話になってしまうのかもしれない。